7.訓練と招待状

「おはよう、皆。朝から精が出るな」

「あ、アレクセイ様! おはようございます!」

「おはようございます、アレクセイ様」


 アレクセイの挨拶にすかさずヴェルナーとマルタが返事をする中、クロウはやや遅れてから挨拶を返す。


「おはよう、ございます、アレクセイ……様(なんで来てるのよ? いつもなら執務の時間でしょう!?)」

「うむ、おはよう、クロウ。今日は朝の分の採決が早く済んだのでな。息抜きに来た」


 行動パターンが違うと胸中で非難するクロウの声に正確に答えて見せ、アレクセイは微笑んだ。

 その笑顔にクロウはヒクっと頬をひきつらせる。

 端から見るとそれは朝の挨拶を交わし微笑み合う仲睦まじい男女の姿だったが。


「やっぱりお二人は大変仲が良ろしいのですね!」

「ははっ、そうか? そう見えるか? ハハハ!」


 ヴェルナーのおべっか……というよりは率直な感想に上機嫌になったアレクセイは高笑いをしながら木剣を手に取った。


「よし、ヴェルナー。久しぶりに稽古をつけてやろう、手合わせだ」

「本当ですか! おっしゃああああ!」


 ヴェルナーもまた、木製の両手剣を手に取ると修練場の中心でアレクセイと向かい合った。


「クロウ! そこで私の勇姿を見ていてくれ!」

「マルタさん! 俺、頑張りますから!」


 なんのことはない、惚れた女にちょっと良い所を見せたい男同士の戦いが始まった。


「ウォオオオオ!!」

「(速い、あの身体で……そして)」


 アレクセイを上回る2m近い巨躯を疾らせ、雄叫びを上げながら突っ込み勢いを乗せたヴェルナーの打ち込みをアレクセイは巧みに受け流す。


 クロウはヴェルナーの身体能力に感心すると共に、その激しい打ち込みを涼しい顔で受け流してしまったアレクセイの技量に目を見張り、頭の中でアレクセイの実力評価を上方修正しておく。


 体重差は下手すれば倍近くあろうというのに、あれ程までに捌けるということがアレクセイの技量の高さを物語っていた。


「ヴェルナー! 全力を出していいぞ!」

「! お言葉に甘えて!」


 しばらく、ヴェルナーの打ち込みをアレクセイが受け流していたがアレクセイの発破に合わせて突如、ヴェルナーから魔力が膨れ上がりそれに合わせて筋肉が隆起する。


「(身体強化!? なんて桁外れ!)」


 アレクセイも対抗して身体強化を使っているが、出力の差は歴然で徐々に押し込まれていく。

 技量差を強引に押しきれるだけの圧倒的な力業であった。

 やがて力を受け流し切れなかったアレクセイの木剣が鈍い音を立ててへし折れる。


「腕を上げたな、鋭さが増している。受けに回ってはどうにもならんな」

「アレクセイ様が取り立ててくれたからこそです! 暴れ者だった俺を技で叩き伏せ、その上騎士にしてくれた」


 平民の中にも時折高い魔力を持つものがいる。

 クロウもその1人だ。

 そういった高い魔力を持つものは輝くような色の綺麗な瞳をしていた。

 ヴェルナーも鮮やかな金色の瞳を輝かせ、アレクセイと握手を交わし互いを労っていた。

 肩で息をしながら称え合うその姿はとても絵になった。

 クロウの隣でマルタも2人に熱い視線を送っている。

 そんな中、クロウは……。


「(千載一遇のチャンスっ!)」


 あれだけの打ち合い、肩で息をしている様子からそれなりに体力を消耗したはずだ。

 今ならアレクセイに一泡吹かせられると息巻いていた。


「アレクセイ様、私とも手合わせを」

「うん? っと」



 クロウが投げ渡した木剣をアレクセイが受け取ったのを確認し、“これは手合わせ”だと認めさせ、腕輪の束縛を躱した上でクロウはすかさずアレクセイに打ちかかった。

 完全な不意打ちだ。


「ハァアアア!!」

「ちょっと、クロウ、まっ」


 木剣同士のかち合うカーンという甲高い音が修練場に鳴り渡る。

 かろうじて一撃目を防いだもののバランスを崩したアレクセイにクロウは連続して木剣を打ち込んでいく。

 しかし……。


「ハハハ、いいぞ! もっとだ!」

「チッ……!」


 態勢を立て直したアレクセイはクロウの打ち込みに巧みに剣を合わせていく。

 クロウは幾多のフェイントを織り交ぜ剣筋を見切らせまいとし、アレクセイもまた本命を的確に捌いていた。

 技と技の応酬だ。


 徐々にアレクセイからも木剣を打ち込むようになり、クロウもまたそれを華麗に捌いていく。

 打ち合いは激しさを増し、やがてつばぜり合いにもつれ込んだ。

 お互いの顔が触れあいそうなほどに近付くと、アレクセイはクロウに向かって甘く微笑みかける。


「~っ!」


 たまらずクロウの繰り出したハイキックはアレクセイに半歩下がるだけで躱され、逆に振り上がった蹴り足を捕まれてしまう。


「あっ」

「捕まえたよ」

「こっの!」


 すかさず体をひねり、空いた足で放った蹴りも、木剣を放した手に受け止められしまった。


「(ここ!)」


 瞬間、アレクセイに両足を捕まれていたクロウの姿が掻き消える。

 異能によりクロウがアレクセイの背後を取り、剣を振り抜くのと、アレクセイが咄嗟に拾い上げた木剣を振り上げるのは同時だった。


「引き分けかな?」

「その、ようですね……」


 当たる寸前で止められた木剣を互いの首筋から離しながら、2人は言葉を交わした。


「……っげぇ! 凄いです! お二人とも!」

「凄まじい打ち合いでございました」


 ヴェルナーは駆け寄りながら、マルタは歩いてやってきてタオルを渡しながら称賛を述べる。


「あぁ、ありがとう! ヴェルナー、それにクロウとこんな風に打ち合えるなんて! とても有意義な時間を過ごさせて貰ったよ」


 朗らかにそれに応えるアレクセイとは逆に、クロウはムスッと不機嫌を顕にしそうな顔をなんとか取り繕いぎこちない笑顔を作っていた。


 ▽ ▽


「(く、悔しい……! 不意打ちまでしたのに一発もまともに入らないなんて!)」


 執務があるアレクセイと訓練のあるヴェルナーと別れ、部屋に戻り汗を流すために湯浴みをしている間中、クロウは悶々としていた。

 一度公に使った短距離転移までしか使うつもりは無かったとは言え、異能まで使ってこの体たらくだ。

 湯船に頭まで沈みブクブクと口から息を吐き、なんとか気を落ち着けてから身支度を整える。


「あっ、クロウ様!」

「ブリジッタ、どうしたの?」

「それが……」


 部屋では何やらマルタとブリジッタが話し込んでいた。

 どうやらクロウ宛に書簡が届いたらしい。


「差出人は……ペチュニア・フォン・ファウフィデル。茶会の招待状のようね」


 かの“孔雀令嬢”から“クロウ”に茶会の招待が届けられた。





















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