3.がんじがらめ

「こ、ここここコレ! なんで貴方が持っているの!?」

「ハハッ素がでたみたいだね、そっちのほうが断然イイよ」

「~~~っ!」


 思わず崩れた言葉遣いを指摘されクロウは顔を赤くして声にならない声をあげた。


「(落ち着きなさい、落ち着くのよ、クロウ。この男のペースに呑まれてはダメ)」


 組織への依頼はいくつか複雑な連絡手順を経て、最終的に魔法契約書により契約が結ばれる。

 依頼を受諾したら依頼相手に魔法契約書が届けられ血の拇印を以て契約締結となるのだ。

 一見、なんの変哲もない、文面も「依頼は受諾した。拇印を以て締結となす」としか書かれてはいない。

 しかし、特殊な加工により真偽はすぐに判別できるようになっていた。

 クロウはそのことを思い出しながらなんとか冷静さを取り戻すことに成功した。


「よく見せてください……それと紙に魔力を通してください……貴方のせいで手も魔力も使えないので」

「あぁ構わないとも」


 アレクセイにより契約書に魔力が通されたのを確認し、クロウは目を走らせて行く。

 装飾の模様の細部や透かし、魔力を通した時だけ見ることができる印。

 全てがこの契約書が本物であることを示しており、クロウはその事実を認めざるを得なかった。


「確かに……契約書は本物で間違いないようですね……ですが貴方は自殺志願者には見えません」

「フフ、当然だろう? 愛する人と結ばれる前には死ねないからね」


 自殺が怖い、あるいは劇的な死を演出したい、そういった理由で自身の殺害を依頼する者もいないではなかった。

 しかし、その場合はそのように依頼をするものだ。

 この男はそんな依頼はしていないし、ましてや自分を捕らえてしまっている。

 それと気持ち悪い言葉をかけてくる。


「わかりません、貴方が何故こんなことをしているのか」

「うん、それは君を愛しているからさ」

「たちの悪い冗句を聞きたいわけではありません」


 クロウの辛辣な態度に「冗句ではないんだけどな」とアレクセイは苦笑した。


「君は一目惚れって信じない方かい?」

「……」


 クロウに強く睨まれアレクセイはやれやれと肩を竦めると語り始めた。


「わかったわかった……僕の父、現帝ディムロスが病に侵されているのは知っているだろう?」

「一応……下調べのおり皇宮の現状はある程度把握しています」

「うん、まぁ皇医の見立てだと保ってあと一年、崩御は時間の問題なのだそうだ」


 そう、そこまではクロウにとっても既知の情報だった。

 だからこそ皇位継承権第一位のこの男の暗殺依頼が組織に舞い込んで来たのだと、クロウはそう考えていた。

 しかし、継承権争いが激化しそうなこの状況で、この男は自らの暗殺を依頼したという。

 ますます意味がわからない。

 訝しむクロウにアレクセイは説明を続ける。


「宮廷内も少しきな臭くなってきてね、先手を打つことにしたんだ」

「先手?」

「蛇の道は蛇と言うだろう? だから、そう、僕の知る最高の暗殺者を味方に出来たならもう怖いものはない。そう思ったのさ」

「それが私だと? 帝国第一皇子のお褒めに預かり光栄です……と大人しく従うとでも? こんな目に遭わせておいて、ありえません」


 クロウの怒気をたっぷりとはらんだ視線を涼しげに受け止めアレクセイはさらに言葉を続けた。


「もちろん、ただ従ってくれるとは思っていないさ。だからまずは……『我が名を以て契約を解く』 前金はもう払っていたからね、あとは解除は自由だったのさ。これで暗殺契約は解除。君に僕を殺す理由は無くなった」

「……契約解除を不審に思った組織は調査をしますよ」

「それも折り込み済みさ」


 相互契約は一方が条件を満たしていれば解除は自由、また契約を解除すれば相手にもそれが伝わるようになっている。

 文面が消え、ただの紙になった契約書をしまいアレクセイはまた別の契約書を取り出した。

 それを見てクロウは思わず声を上げた。


「それは、“禁の法書”!? 貴方やはり私を尋問するつもりですか! そんな物まで使って!」

「いやいや、そんなことはしないよ。だがこれは君の為に用意した特別な品でね。四禁しきんの法書だよ、これは」

「っ!?」


“禁の法書”とは魔法契約書の一種であり、限定的だが効果が非常に強い魔法的拘束力を持つ。

 その名の通り、対象者に禁止事項を強制できるのだ。

 1人に対し1枚しか効力を持たせることが出来ず、故に1枚で複数の禁を設けることができる物ほど必要な技術や素材が希少で高価になる。

 三禁以上の物は今の技術では造れないとされ、四禁ともなればこの世に幾つもない代物と言えた。


「ちなみに契約に必要な血は眠ってる間に失敬させてもらった」

「最悪っ!」

「フっ、あとは禁の宣言だけだよ」


 アレクセイは禁の法書をクロウに突き付け、高らかに宣言を始めた。


「我、アレクセイ・フォン・ディオスクロイツの名において、暗殺者クロウに対し、ここに禁の宣言を行う!」

「ちょ、やめっ!」

「一つ、“自害”を禁ず!」

「一つ、“正体を伝えること”を禁ず!」

「一つ、“我が許可無く皇都を離れること”を禁ず!」

「一つ、“我に対する虚言”を禁ず!」


 アレクセイの宣言と共に光の鎖がクロウに纏わりつきすぐにクロウの中に吸い込まれるように消えた。


「あ……あぁ……よくも……こんな!」


 魔法的な拘束力を受けたことを確かに感じ、クロウは嘆きとも怒りともとれる声音で唸るしかなかった。

 しかし、アレクセイは止まらない。


「さらにさらに」

「まだ何かするつもり!?」

「今のままではまだ僕への危害を禁じてないからね、それ」

「あっ」


 カチリと、今度はシンプルだが複雑な意匠の銀の腕輪を右手につけられる。


「これでヨシ」

「何がヨシよ! 一体これは何なの!?」

「これは主従の腕輪といってね。皇家に伝わる……といっても秘されている代物だが、その名の通り主と従、対の腕輪だ。ちなみに主は僕が付けている」


 アレクセイはそう言って袖をまくるとそこから同じような意匠の金の腕輪が覗く。


「効果は単純だ。従の腕輪を付けた者は主の腕輪を付けた者に危害を加えることが出来なくなる」

「その程度の代物なら秘されるはずないっ!?」

「うん、主の腕輪を付けた者が死ぬと従を付けた者も死ぬとか」

「やっぱりっ……!」

「それと一度だけ死すら強要できる程の命令ができるとか」

「もうっ……もうっ……!!」

「安心してくれ。君に命令を使うつもりはないから」

「どう安心しろっていうの!?」


 最早、崩れた言葉遣いを気にする余裕もなくクロウは叫ぶ。


「ちなみにこの場所は防音の陣を敷いているからどんなに叫んでも構わないよ」

「もう! 嫌ああああああ!!!」


 クロウの絶叫は、防音陣に阻まれて部屋の外に漏れることは無かった。


 ▽ ▽ ▽


「ハァ……ハァ……」

「気はすんだかい?」


 ひとしきり叫び、肩で息をするクロウにアレクセイは声をかけながら魔封じの手枷を外した。


「さて、自由にしてあげたところで一つ提案があるんだ」

「……まだ、何か、あるのですか」

「うん、クロウには僕が無事即位するまでの間、諸々の事態に対処する為に僕の護衛兼補佐を頼みたいと考えているんだ。即位のあかつきには禁も、腕輪も解くと約束しよう。これは対等な契約だ」


 疲れきった様子で項垂れるクロウにアレクセイは魔法契約書を差し出した。


「もう……好きにしてください。拒否権なんて有って無いようなものではないですか……」

「あぁ良かった! これから宜しく、クロウ!」


 感極まったアレクセイがクロウを抱き締める。

 ほとんど裸同然の格好であることを気にする余裕も無く、クロウはどこか遠い目をしてされるがままになっていた。






































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