第22話 失敗
「王子……1つ伺ってもよろしいでしょうか?」
「急にどうした?もちろん構わない」
王子の姉がアッシュの婚約者だった可能性を考えて少し怖くなった私は唐突に質問を繰り出してしまった。
王子は驚きながらも受け入れてくれる。
この人は良い人なんだろうなと思う。
もし穏やかな平時の王であれば善き治世となっただろう。
「帝国は今後も拡大を続けるでしょう。仮に今すぐに争いにならなかったとしても近いうちには王国と戦う日が来るのではないかと考えています。そうなったときどうされますか?」
まるで踏み絵のような質問に自分でも嫌になる。それでも怖い可能性から話を逸らしたかったのよ。
まぁでも、こんな質問は卑怯なの。
戦争の準備なんて、いざ戦争が始まってから行っても遅いのだから。
それは王子にもわかるだろう。
わかってなお真面目に答えようとするのであれば、それこそ王になったらどうしたいか?そのために今どう動いているのかというような大それた話になってしまう。
一伯爵の立場で上から目線で聞くような話ではないことは明らかだ。
しかし私には一族の命がかかっている。
せっかくの機会だ。
例えはぐらかされたとしても聞いておいて損はない。
「私は……いや、会食の場でするような軽い話ではなくなるが許してほしい」
「もちろんです」
なんと答えてくれるようだ。
王子の真面目さがやはり良くわかる。
少し心配になってしまうくらいだ。
「私は前にも言ったと思うが、帝国と王国が戦うのは避けられないと考えている。帝国が拡大を続ける限り避けては通れないからだ。そのために今は時間を稼ぎたい。そして稼いだ時間で内政を整え、軍事力を高めなければならない」
「はい」
確かに帝国訪問を辞められないか聞いた時にも話していたわね。
「残念ながら多くの貴族は国内での争いに終始しており、王国はもう何百年も停滞している。それを掃わなければならない」
「そのために動かれているということですか?」
私はそのような動きを耳にしたことがなく、思わず聞いてしまった。
「あぁ……とても残念な事実も内々では掴んでいてな……」
アホ王太子がやっぱりアホだったとかかな?
「そして君たちをただ蔑み、侮り、しょうもない仕事で嫌がらせするような気はない」
「評価いただきありがとうございます」
まさか妻になれとか言いませんよね?
そう言えばクリストファー王子に婚約者はいなかったと思いますが、それはさすがに居たたまれないわ。
しかし、結局は私たちの力を欲するということね。
どちらについても火の中で煽られる虫のように暴れまわれと……。
「わかりました。すみませんが、もう一つ教えて頂きたいのですが、先ほどお姉様がいらっしゃったと……」
「あぁ、いた。もう10年以上前に亡くなったんだ。私はまだ6歳だったからよく覚えているわけではないが、事故だと聞いている。魔力暴走が起きて、犠牲になったと」
やっぱり……。
王子はアッシュの元婚約者の弟だったのね。
アッシュとの仲は良かったのかしら。
逆にアッシュを恨んでいるとかは?
聞きたいけど、どうやって聞こうかしら……。
「それはご愁傷さまでした」
「あぁ。残念な限りだ。しかもそれで慕っていた姉の婚約者が罰せられてしまった」
「婚約者?」
「そうだ。姉の婚約者だった。アッシュ・フォン・カイゼルという。面倒見が良くて優しい人で、恥ずかしながら僕は彼が好きだった。内緒の話だが王宮で会った時は魔法を使った手品を見せてくれた」
それ、本当にアッシュですか?人違いではなく?
まだお姉様が生きていた頃ならアッシュも少年だし、そんな子供だったのかしら?
まぁ10年も"黒き魔の森"にいたらおかしくもなるわよね。
私なら発狂するわ。アッシュの場合、ただただ孤独のせいな気もするけど。
いけない。ゆったりとした時間で頂く懐かしい料理のせいでどうも考えに浸ってしまいそうになるわ。
せっかく聞ける流れなのに……。
「事故を起こした方を恨んでいらっしゃいますか?」
「……」
答えづらい質問だっただろうか?
もしくは複雑な想いを抱えているとか?
王子は難しい顔で少しうつむいてしまった。
「正直に言って……姉にはとても申し訳なく思っているが……」
歯切れが悪い……。
調べた限りアッシュとラフィリア王女の仲は良かったと聞いている。にもかかわらず憎くて仕方がないとかかしら……。
「僕は為政者を目指すものとしての立場では、あれほど優秀な人をただ罪に問うて死なせるのはもったいないと感じる」
「なるほど」
それはそうよね。私ですらおかしいと思うくらいよ。
あれほどの才能というか爆弾。喉から手が出るくらい欲しいでしょう。
「為政者としての立場以外では?」
しかし気になる言い方だった。個人的には……ということだと思うけど。
「僕個人としては、罪があるなら償うことが前提ではあるが、彼には前を向いてほしい。しっかり生きてほしい。彼がふさぎ込んで立ち上がれなくなるとか、処刑になるとか、絶対に姉は望まないから」
「……」
これは……無理ね……。
私は王子の言葉を聞いて、そっと頭の中からナイフを消し去った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます