第15話 男がスーツを着る理由なんざ一つしかねぇだろ

 



「はっ……まさか俺を出してくれたのがアンタだったとはな。確か……」


「西園寺家にメイドとして仕えている、サツキと申します」


「あ~そうだった、そんな名前だったな」


 俺をブタ箱から出してくれるように取り計らってくれたのは、さっきドンパチしたメイドだった。


 まさか俺をブタ箱に入れた西園寺家の人間が助けてくれるとは思わなかったぜ。いったいどういう風の吹き回しなんだ?


 人気の無い公園のベンチに座った俺は、横に座ることなく立ったままのメイドに問いかける。


「んで、俺に何の用だ? 何か理由があるから出してくれたんだろ?」


「その前に、まずはこれをお返しします」


 そう言われて、メイドから紙袋を渡される。

 ねぇ今、フォンって出したよね? フォンってさ。マジでそれどうやってんの? 便利だから俺にもやり方教えて欲しいんだけど。


「これは……」


 紙袋の中身を確認すると、スーツ一式が入っていた。ナナが就活のためにって俺に買ってくれたスーツ一式だ。


「わざわざ俺にこれを届けに来てくれたのか?」


「はい。それはナナ様があなたにと贈られたものですから」


「そらどうも。それで、要件はそれだけか?」


「いえ、本題は別にあります」


 だろうな。そんなこったろうとは思ったぜ。

 わざわざスーツ一式を渡す為に、ブタ箱から出してくれる訳ねーもんな。


「ナナ様から指輪を預かっていないでしょうか」


「指輪? あぁ、この気味悪い指輪のことか」


 首にかけていた指輪付きのネックレスを外す。

 なるほどね。俺じゃなくて、ナナからもらったこの指輪に用があったって訳か。


「その指輪をお返ししていただきたいのです」


「構わねぇよ、元々俺のじゃねぇしな。ほれ」


 そう言ってメイドに指輪を渡そうとするも、手を止めて指輪を握り込んだ。俺の挙動を不審に感じたメイドが怪訝そうに尋ねてくる。


「どういうおつもりですか?」


「渡すのは構わねぇんだがよ、その前に聞かせてくれよ。あいつには……ナナにはどんなしがらみがついてまわってんだ」


「それをあなたが知ったところで何の意味もないでしょう」


「そう固いこと言うなよ。聞くだけならいいだろ? 教えてくれたらちゃんと返すからよ」


「はぁ……約束ですよ」


 面倒臭い要求をする俺にため息を吐いたメイドは、強引に奪うこともなく、一人分空けてベンチに座った。


 ブタ箱から出してくれたりスーツ一式を持ってきてくれたり、このメイドなんだかんだ優しいよな。普通は顔面殴った相手にこんな優しくできねぇんだろ。


 あれ、そういや俺殺されかけたな……やっぱ優しくねぇわ。


「西園寺家の始まりは、江戸時代にまで遡ります」


「そんな前なのか」


「はい。西園寺家は農家を営んでいたのですが、その年は飢饉に見舞われ、農作物は全て駄目になってしまいました。飢えに苦しんでいた時、突然白髪の男の子が現れてこう言ってきたのです」



『腹が減って死にそうじゃ。儂に食べ物を分けてくれんかの』



 その男の子ってのはあのガキで間違いないだろう。

 計ったようなタイミングで出てくるのがまた怪しいぜ。


「ろくな食べ物が無いのにもかかわらず、西園寺は善意でその男の子に残り僅かな食べ物を分け与え、行くところがないのだろうと家に住まわせました。すると男の子はこう言ってきたのです」



『慈悲深いそなた等には天の恵みが施されるだろう』



「その言葉通り、飢饉が真っ只中なはずなのに西園寺の畑だけは不思議なくらい無事だったのです。お蔭で西園寺は大農家として成功を収め、男の子と共に現代まで繁栄してきました」


 ふ~ん、そこだけ聞くと良い話だな。昔話とかにありそうな内容じゃねえか。


「それ以来、西園寺はその不思議な男の子を神様だとたてまつるようになったのです」


「なぁ、あのガキってマジで神様なの?」


「はい、あの方はその地域に住まわれる“ヌシ”という土地神です」


 マジかよ……普通の人間じゃねえとは思ってたが、ガキの正体が神様だったとはな。そら~あんだけ強いのも納得だわ。


「西園寺はヌシ様と良好な関係を築き上げてきました。西園寺家に恵を施す代わりに、ヌシ様からは家に祠を作って欲しいと頼まれたり、それ以外の要求も全て呑んできました。ですが……ある時からヌシ様の要求が一つに絞られたのです」



『西園寺の生娘を一人儂に捧げよ』



「はぁ? 何だよそれ、そんなの生贄みてぇなもんじゃねぇか」


「生贄ですか……そうですね、その解釈で間違っておりません。あれは生贄です」


 いやいや、それ以外考えられねぇだろ。

 ってか何だよ生娘って。あのガキは処女廚なの? 神様の癖に気持ち悪い奴だな。


「西園寺はその要求を呑んだのか?」


「呑まざるを得なかった……が正しいでしょう。勿論初めは断ったそうですが、要求を呑まないと西園寺家を没落させると脅されたようです」


 ねぇ、それヤ〇ザのやり口と一緒じゃない? 最初は甘い言葉で乗せておいて、後々になって暴利を寄越せってタチが悪すぎるだろ。


「その生贄が、昔から今もまだ続いているってことか」


「はい」


「そんで、今度はナナを生贄に差し出したのか?」


「……はい」


 はっ何だよそれ、ふざけやがってよぉ。胸糞悪いにもほどがあんだろ。馬鹿じゃねえのか、自分の娘をガキに渡してまで良い思いをしたいってのかよ。


 ああ……今になってようやくわかったぜ。

 何でナナが男と接触しないよう徹底的に管理されていたのかがよ。最初から、あのガキに生贄として差し出すつもりだったからなんだ。


 クソったれが、ナナはお供え物なんかじゃねぇんだぞ。


「一つ気になるんだがよ、何で西園寺限定なんだ? こう言っちゃなんだが、最悪他の家の女でもいいんじゃねえの?」


「いえ、西園寺の女でないと駄目なのです。西園寺家に生まれる女は代々、特別な血を宿しておられますから」


「血?」


「体質とでも言いましょうか。西園寺の女は、この世ならざる者から好かれてしまうのです」


「あ~……」


 メイドにそう言われて、ナナを泊めた時のことを思い出す。

 そういえば“ゲテモノ”がナナに近寄ってきてたなぁ。あれはナナの体質によるものだったのか。


 成程な~、だからあのガキは西園寺の生娘に固執してんのね。


「このこと、ナナは知ってんのか?」


「いえ、知りません。ヌシ様のことを知っているのは西園寺家のごく一部の人間だけです」


「ナナは何も知らされずに生贄にされたってことか」


「……はい」


 酷ぇ話もあるもんだな。

 本当に現代かよ、異世界みたいことしてんじゃねえっての。


「ナナはどうなるんだ?」


「恐らく、ヌシ様が住まわれる神域の中で一生を過ごすことになるでしょう。生贄に捧げられた女が戻ってくることは一度たりともありませんでした。神域の中で何をさせられているのか、どうなるのかも私達には分かりません」


「それでいいのか?」


「これは西園寺家とヌシ様の問題です。いいもなにもありませんよ」


「家がどうとか聞いてんじゃねぇよ。俺はアンタに聞いてたんだ」


 そう言うと、メイドの肩がピクッと反応する。俺は語気を強め、もう一度問いかけた。



「アンタはナナをガキに差し出してもいいのかって聞いてんだよ」


「言い訳っないじゃないですか!!」



 能面みたいな仮面をひっぺがし、がばっと俺の胸倉を掴み上げてくる。怒りと悔しさに顔を歪ませ、口を大きく開けて怒鳴り散らしてきた。



「関係のないあなたに何がわかるんですか!? 私だってナナ様を差し出したくなんてありませんよ! 私はあの子が小さい頃からずっと一緒にいるんです。可愛い妹だと思って接してきました!」


「……」


「あの子は本当に不憫な子です。家はお金持ちで物は与えられましたけど、愛は一切与えてもらえませんでした。父親は仕事ばかりで、母親は他の男と年中遊んでいる。兄だって構ってくれない。知ってますか? ナナ様は家族揃ってご飯を食べたことが一度もないんですよ?」



『ふ~ん。そっか、そうだよね。普通はそういうものなんだよね』



 スーパーで買った一番安い食パンを、ナナは美味い美味いと言って食ってたっけな。食事が美味くなる理由を言うと、悲しそうな顔を浮かべてたっけ。



「学校は全部女子制。同じ年頃の男の子と会うことも許されず、出かける時は必ずボディーガードがついて回り、遠いところにだって行けやしない。全ての自由を奪われたんです!」



『本当はね、こうしてデートしたり、自由に色々な所に行ってみたい。海外とかにも興味があるんだ」



 ああ、そうらしいな。

 こんなおっさんをデート相手に選ぶくらいなんだから、よっぽど切羽詰まってたんだろう。


 でも、それにしちゃすっごく楽しそうだったな。散々付き合わされてこっちがへとへとになっちまったくらいだ。



「それでもナナ様は暗い顔を見せることはありませんでした。流行りのメイクや服などのオシャレを勉強したり、ダイエットを頑張ったり、普通の女の子がしているようなことがしたいと常に笑っていました。辛く寂しい日々の中でも、楽しくあろうと明るく元気に振る舞い続けてきたんです」



『嘘でしょ、信じられない! 毛先だって二ミリ切ったし、カールも少ししたんだからね! メイクだってしたし! これぐらいの変化に気付けないとモテないよ、おじさん』



 そうだなぁ……ナナはオシャレに敏感だったな。

 ボロボロになっちまった俺のこの服も、ナナがチョイスしてくれたもんだしよ。


 ナナは本当に明るくて元気だ。

 勢いが強すぎて、こっちまでやる気にさせられちまうぐらい活発な女の子だよ。



「そんな健気で可愛いあの子を、化物なんかに差し出すなんて嫌に決まってるじゃないですか!」


「じゃあ止めればいいじゃねぇかよ」


「簡単に言わないでください! 私だってできるものならやってますよ! でも相手は神様なんです、人智を越えた存在に人間がどうこうできるものじゃないんですよ! それくらいあなただって分かるでしょう!?」


 そう言って、メイドはボロボロと涙を流した。

 この人だって本当ナナを助けたいんだ。だけど相手が神様だから、手に負えないから手放すしかない。


 ままならねぇよなぁ。

 世の中理不尽なことばっかで参っちまうよ。


「……ナナ」


 ふと、ポケットからスマホを取り出す。

 スマホの待ち受けには、竹下通りで撮ったクレープを持っているナナが映っていた。あいつ……やめろっつったのに待ち受けにしやがってよ。


 はぁ~あ、腹を括るか~。


「これで気は済んだでしょう……約束通り、指輪をお返しください」


「あ~それな、やっぱ無しで」


「はぁ? それでは話が違うじゃ……って、何やってるんですか?」


「見りゃわかんだろ。スーツに着替えてんだよ」


 今着ている服をスポンスポンと脱いでパンツ一丁の俺に、メイドは極寒の視線で睨んでくる。


「何故今ここで着替える必要があるんですか。今度は公然わいせつ罪で捕まりますよ」


「はっ、そら勘弁だな。恥ずかしいからあんまジロジロ見ないでくれます?」


「見たくて見てる訳ではありません。大体、今スーツを着て何をするんっていうんです」


「ああん? そんな事も知らねぇの?」


 着替え終えた俺は、メイドにこう答えた。



「男がスーツを着る理由なんざ一つしかねぇだろ。“戦いに行くんだよ、これからな”」



 そう言って、ネクタイをキュッと締める。



「戦いに行くって……まさかヌシ様と戦うおつもりですか!? 何を言っているんです。やめなさい、相手は神様なんですよ。どう頑張ったって勝てないことぐらいあなただってお分かりでしょう!?」


「さぁ、どうだかな。これでも魔王をぶっ殺したことはあるぜ」


 ぶっちゃけ異世界の魔王の方が全然強かった。

 さっきは俺がダラしなかっただけだ。もう一度やればいける……気がしなくもない。


「魔王……? ふざけないでください。折角ナナ様が身を引いてあなたを助けたのですよ。あの子の想いを踏みにじるおつもりですか」


「それで、ナナは泣いたままでいいのか?」


「っ!?」



『バイバイ、おじさん』



 あいつは……ナナは泣いてたんだよ。

 泣くぐらい怖いのを我慢して、それでも俺を助けようと命張ってくれたんだ。だったらよ、俺も命張らねぇと割には合わねぇだろが。



「俺はクズだ。三十なのに無職だし、平日の昼間っから酒飲んで通報されちまうようなどうしようもねぇクズだよ。でもなぁ、そんなクズの俺でも……泣いてる女の子がいたら助けに行くんだよ。行かなきゃならねぇんだ」



 だって俺は、比呂ヒーローだから。



「本当に……行かれるおつもりですか」


「ああ。ナナとガキがいる場所まで案内してくれ」


「見つけたぞ!」


 メイドに案内を頼もうとしていると、とっつあん坊やが現れた。

 も~空気読んでよ~、折角ビシッとカッコよく決めたんだからさ~。


 これからクライマックスに入る完璧な流れだったじゃ~ん。今はお兄ちゃんの相手をしている場合じゃないんだからね!


「おいサツキ、何故こいつをブタ箱から出した! 指輪は手に入れたのか!?」


「……」


「ちっ、使えないメイドだな。おいクズ」


 はいクズです。


「指輪を持っているのなら渡せ。そいつが必要なんだ」


「やだね」


「なんだと? ふざけた事を抜かすな」


「指輪はやらね~し、ナナは助ける」


「ちっ……わかった、金が欲しいんだろ?」


 お兄ちゃんは苛立ったように舌を鳴らすと、懐から札束を取り出して俺の足下に放り投げる。


「指輪と交換だ。その金を拾ってさっさと消えろ」


「はぁ……お兄ちゃんさぁ、そいつはないんじゃねぇのか」


「なんだ、百万じゃ足りないっていうのか。強情な奴め。仕方ない、二百万で手を打ってやる。クズには大金だろ?」


「俺は自他共に認めるクズだけどよ、テメエは俺以上のクズだな」


「なにぃ?」


「さっき言ったよなぁ、今度は救急車を呼ぶことになるってよぉ」


 そう言って、俺は指ポキしながらお兄ちゃんに歩み寄る。


「ひっ!? く、来るな! わかった、三百! 三百でどうだ! なっ? それなら十分だろ? おいサツキ、何をしている! 早くこのクズをなんとかしろ!」


「歯ぁ食い縛れよ。昨日よりもっと痛ぇからな」


「ま、待っ――うびゃああああ!?」



 お兄ちゃんの顔面をおもいっきり殴り飛ばした。

 あ~スッキリした! やっぱりクズをぶん殴るのはスカッとするな! 最っ高の気分だぜ!


 けどよぉ、俺にはもう一人ぶん殴りたい奴がいる。ぶん殴らなきゃならねぇ奴がいる。


 俺は振り返って、メイドにこう告げた。



「さぁ、行こうぜ」

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