【番外編】 佐倉さんと友人さん


「ふう、そろそろマヤさんも空港ですかね」


「ですかね。佐倉さんは行かなくてもよかったんですか?」


 制作部門。ゲーミングチェアに鎮座しているマヤの友人と、そのすぐ傍の事務椅子に腰かけてお菓子を嗜んでいるのは夜桜マヤのマネージャーである佐倉七海である。

 彼女らは資料の受け渡しをしに来たついでに少しお茶をしているという、会社内ではたまに見かける光景を繰り広げていたのだ。


「今回はあくまでも開発部門の人員補填という名目で向かってもらったので........これでこの間は半ばお休みですよ」


「おかげさまでこっち制作部門は仕事なんですけどね」


「ふふ。何時もありがとうございます」


 そう、マヤ達が海外に行く合間の配信はお休みとなる為に配信マネジメントの業務はなくなる。しかし代わりに後半に与えられた休暇でマヤ達は企画ついでに観光というか暴れてくるというかなんというか。

 そして毎日送られてくるデータ達を捌き、公式からアップロード出来るようにするのは制作部門の管轄だったのである。


「でも普段あいつの面倒を見てくださっている分、出来るときは私達も力添えさせていただきますよ。貰ってる給料分は働くというのが私達の信条ですから」


「それは頼もしいですね......あら、茶葉変えました?」


 紅茶の入ったビーカーに口を付けた七海が訪ねる。尚、コップ代わりに使っているビーカーには誰もツッコまない。


「気づきました?実は同じアールグレイですけどマヤの後輩君が買ってきてくれたものがあったのでそれにしてみたんですよ」


「後輩君、中々女子力が高いですね」


「やっぱりそう思います?」


「淑女で有名な制作部門のお姉さま方が暴走する程には可愛いと思いますよ」


「ですねえ。まあマヤ的には恋愛感情は抱いていないらしいですけど」


「それは良いことを聞きました」


「もしかして狙っていたんですか?」


「ふふ、どうでしょうね?」


「........まあ今回もなんとなく佐倉さんが裏で糸引いてるんじゃないかという気はしてましたけども」


「バレちゃいました?」


「そんなことするのは貴女くらいしかいないもので」


 マヤコスでコミケの公式(?)レイヤーとして参戦した後輩であるが、無論その裏にはトリックが仕込まれていたのだ。


「実は最初は特になんとも思っていなかったんですけどね。どうも応募フォームを間違えて送信されたという中々に面白い情報を聞いたんですよ」


「ほう」


「そして先日経理部を通してお願いしていたお仕事があったんですけど、どうもそれの数値が間違っていたことで提出が少しズレたんです。なので経理部門で後輩君が出した間違った書類のコピーを頂いて......♪」


「それをダシに脅したという訳ですか」


「脅しただなんて人聞きの悪い。私はただ単に上層部もろとも後輩君を説得して円満に事を進めたに過ぎませんよ」


 上品にビーカーを傾けながら満面の笑みでそう語る七海。彼女もしっかりとこの会社に染まっていたという事だ。

 

「まあ他社でやったらパワハラ扱いされますけどそこは弊社ですからねえ。それに最終的に乗っかったところを見るに後輩君もノリノリだったということでしょう?」


 対して諦めたように同じく湯呑に入った紅茶を流し込む彼女は遠い目をしていた。


「もちろん本人の意向を尊重していますよ」


 基本的にマニュアルが通じないこの会社では相手が嫌だと思う事をする者が居ない為、文面だけ聞いたらただのパワハラであっても実際は案外そうでも無かったりするのだ。逆にそれが断れないような人はちゃんと互いが配慮出来る人間が入社時に選別されるし、強制をする人間も居ないのだ。

 そんな人ばかりが集まっているからこそ通じる話ではあるのだが、それはもう職場というよりも部活動に近いので会社としてはどうなのだという気もしなくはない。


「本人の意向を尊重した結果が直属の後輩である女性Vのコスプレとは如何に」


「頑張ったでしょ?」


「抱き着き方も完コピさせるとは恐れ入りましたよ」


 そう、アオイとマヤの絡みを幾度となく見ていた七海であったからこそ後輩にもそれを伝授することが出来たのだ。


「良いんです。弊社なんで」


「パワーワードですね......」


 都合の良い免罪符であるが、ちゃんと仕事をした上で悪いこともしていないのでこれがまかり通ってしまうのが現実である。


「まあまあ、これ食べますか?」


 しかし、腑に落ちないような雰囲気な友人に対して七海はお菓子で釣る作戦に乗り出す。七海としては特に現状の会社に不満を抱いていない為、手持ちのお菓子で宥めるという選択を取ったのだろう。


「食べます」


「はい、あーん」


 そして七海の持参していたお菓子に無事に食いつき、まあいいやと言った表情で味わう友人なのであった。

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