第33話 W襲来
それから数日が経ったある日。その日はいつもより雨が降っていた。
これまでのように効率よく狩りを行い、一日のノルマの半分を狩り終えた俺達は、崖上で互いの回収した死体の数をチェックしていた。
「合計であと六匹だ。俺が降りて、その後ユウキが降りてきたら今日も終わりだな」
「そうみたいだな!さっさと終わらせて帰って飲もうぜ!」
確認を終え、崖から入り江の様子を見下ろす。先程俺が戦っていた辺りに群がっていた蛙たちも、海の中へ戻りつつある。程なくして、片手で数えられるくらいまで減少したのを確認し、カイが立ち上がった。
「それじゃあ行ってくる。何かあったら呼ぶからすぐに来いよ」
カイがそう言って降りようとした瞬間、俺は慌ててカイの手を取って動きを止めた。
「お、おい、何だよ急に──」
「カイ、待て!ちょっと様子がおかしいぞ!」
俺はカイにそう訴えながら海の方向をじっと見つめていた。この入り江で狩りを始めた時から、俺は念の為に『探知』魔法を発動していた。今日まで特におかしい反応は無かったが、今さっきシーフロッグよりも何倍も大きな魔力を持つ魔物の反応があったのだ。
その魔物は荒々しい海の中をとてつもない速度で自由に泳いでいる。そして次の瞬間、その魔物が海面から顔を出し、叫び声をあげた。
「ギャァオォォォ!!!」
蛇のような鱗に細長い体。その大きさはクジラを凌ぐ巨大さだった。
突然現れた魔物に身動きが取れずに固まる俺達。その魔物がシーフロッグを食べ始めたところで、ようやく俺は口を開いた。
「な、何だアイツ!シーフロッグを丸呑みしてやがる!あんな魔物見たこと無いぞ!」
「アレは……大海蛇だ!少し前にギルドで地元の連中が騒いでたのはコイツが居たからだったのか!」
カイはそう叫びながらその場に這いつくばって気配を消し始めた。俺もカイを見習い、隣にうつぶせになって身をひそめる。やがて大海蛇は海の中へ潜り、遠くの方へ泳いで行ってしまった。
「行ったみたいだな。何しに来たんだ、アイツ」
「シーフロッグでも食いに来たのかもな。とにかく、バレなくて良かったぜ」
そう呟くカイの体は小刻みに震えていた。余程怖かったのだろう。
『大海蛇』──名前は前世でも耳にしたことがある。ファンタジー世界では定番の魔物だろう。だがまさかあそこまで大きな魔物だったとは。流石の俺でも倒すのには時間が掛かるだろう。
俺は『探知』魔法を発動しなおし、大海蛇が居なくなったことを確認する。これなら狩りを再開できそうだと思いカイへ声をかけようとする。しかし未だに震えが収まらない彼の様子を見て、俺は今日の狩りを諦めることにした。
「カイ。今日はもう終わりにして帰ろうぜ?」
「……ああ。そうだな」
俺の提案を聞き入れ、カイは帰路につこうと立ち上がろうとする。しかし足の震えからか上手く立ち上がれずに倒れこんでしまった。俺はカイの肩を担いでやり、一緒に歩き始める。
無言のまましばらく歩いていると、少し落ち着きを取り戻したのか、カイが小さな声で問いかけてきた。
「なぁユウキ。なんでさっき海の様子がおかしいって気付いたんだ?俺には全く分からなかったんだが……」
「ああ、あれは『探知』魔法を使ってたからさ。シーフロッグよりも異常に大きい魔物の魔力を探知したから、おかしいと思ったんだよ」
カイの疑問に、俺はあっさりとした様子で返事をする。するとカイが突然その場で立ち止まり、俺の腕を振り払って胸ぐらにつかみかかってきた。先程まで大海蛇に怯えていたとは思えない程の力強さで、俺の服を引っ張り出す。
「ユウキそれ本当か!?お前、本当に『探知』魔法が使えるのか!?」
「あ、ああ。戦闘はあんまり得意じゃねぇけど、索敵と隠密には結構自信あんだぜ?」
食い気味に迫ってくるカイの圧に若干引きながら答える。それを聞いたカイは、俺の服から手を離すと、フラフラとした足取りで街へと続く道を歩き始めたのだった。
◇
結局それから一言も話さないまま、俺達はクアベーゼの冒険者ギルドに戻ってきた。ギルドは大海蛇の出現に大騒ぎになっている。俺とカイはそんなこと気にも留めず、いつものようにシーフロッグの買取をして貰って酒を飲み始めた。
「ふぃぃぃ!今日もお疲れぃ!ちょっと予想外のこともあったが、結果オーライだろ!」
酒を口にした俺が気分よくカイに話しかけるも、カイはジョッキを手に持ったまま下を向いていた。さっきの会話からどうにもカイの様子がおかしい。
俺は少し心配になりながらも、騒がしいギルドの様子を肴にして酒を飲んでいく。
「でもまさか大海蛇が出るとはなぁ!さっき見てきたけど大海蛇の討伐隊募集始まってたぜ!こりゃ俺達の狩りも今日で終わりかもな!」
掲示板に貼られていた恒常依頼であるシーフロッグの討伐依頼は、俺達が来た時にはもう既に剥がされていた。代わりに赤色のインクで『大海蛇の討伐依頼』が貼られている。あれの依頼が完了されるまで、俺達の狩りは中止になるだろう。
出稼ぎに来たカイにとってはショックな出来事の筈なのに、彼は眉一つ動かさず机を見つめていた。
「どうしたんだよ、カイ!なんか悩み事でもあんのか?」
「いや……なんでもない」
直接聞いてみても、そっけない感じであしらわれてしまう。仕方なく一人でチビチビと酒を飲んでいると、カイがふぅーと息を吐いて酒を一気に飲み干した。覚悟を決めたのか、カイが俺の目をじっと見つめて静かに口を開いた。
「ユウキ……お前を見込んで頼みたいことがある」
「なんだよ、急に改まって。頼みたいことってなんだよ」
俺はそう返しながらも、頼みごとが何なのか大体察していた。
「俺と一緒に、ルウエンへ行ってくれないか」
予想通りのお願いに、俺は無言で酒を口に入れていく。その様子を見て、カイは以前話したがらなかった事情をつらつらと話し始めた。
「俺が行こうとしている場所は、どうしてもお前の『探知』魔法が必要なんだ。現地についたらここで稼いだ金を使って、『探知』を使える奴を雇おうと思っていた。正直、居るかどうかは賭けだったんだけどな……」
カイはそう言って苦笑いを浮かべた。賭けと言っていたが、恐らく勝算の無い賭けだっただろう。ルウエンにはこれと言った観光名所もなければ、稼げる依頼もない。そんな場所で『探知』魔法を使える奴に出会うのなんて、砂漠に落ちている石を見つけるような物だ。
だがカイはその賭けをする前に勝負に勝ったのだ。俺という存在に会った事で。
「でもユウキを見つけた!お前なら、魔法も使えるし戦闘もこなせる!なぁ頼むよ、ユウキ!俺と一緒にルウエンに行ってくれ!どうしても行きたい場所があるんだ!」
「……悪いが無理だ。俺にだって都合ってもんがある」
俺の手を握り縋り付くように懇願してきたカイの手を俺は優しく払いのけた。カイとの契約はあくまでもこの一ケ月。いくら『探知』魔法が使えるといっても、ルウエンにまでついて行くメリットが無い。
そんな俺の心を見透かしたのか、カイは懐からマジックバックを取り出すと、テーブルの上に金貨を出し始めた。ジャラジャラと音を鳴らしながら、山のように積み上がっていく金貨。最終的には机から溢れ出しそうになるほどの量が積まれていた。
その数、ざっと見積もっても百枚以上。その隣に大金貨が十枚積まれている。
「今日まで稼いできた金は全部ユウキにやる!だから頼む!俺と一緒にルウエンに着いて来てくれ!!」
大海蛇の出現というイベントがあったおかげで誰も目をくれていないが、ただ一人俺だけは目の前に積まれた金貨の山に瞳を輝かせていた。
大金貨約十枚分……つまり白金貨一枚以上貰えるって事だろ?こんなのやらないわけにはいかないじゃねえか。
「しょうがねぇなー!そこまで頼まれたなら行くしかねぇ!一緒にルウエンへ行ってやろうじゃねえか!」
俺はそう言いながらカイに向かって右手を差しだした。その手を見てカイは嬉しそうに目を見開く。両者が固い握手をかわそうとしたその瞬間──
「ダメ」
どこからともなく小さな細い手が現れ、カイの手をバチンとはじいた。
「なんだよ急に!勝手に話に入ってくるなよ!」
話を遮られたことでカイは思わず立ち上がり苛立ちを露わにする。しかし手を叩いてきた奴も譲るつもりは無いらしく、彼女は俺の手をひっぱってこう口にしたのだった。
「ダメ。ユウキはネムと一緒におうちに帰るの」
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