第32話 カイの目的

 カイと共にシーフロッグ狩りを初めて二週間。今日も俺達は雨の降る中、例の入り江にやってきて順調に狩りを行っていた。


「ユウキ、そろそろ交代だ!そいつを倒したら上がってこい!」

「おう、分かった!後は頼んだぞ、カイ!」


 崖の上から聞こえてきたカイの声を聴き、俺は気合を入れなおして目の前にいたシーフロッグを切り刻んでいく。そしてすぐにその死体を回収し、海から這い出てくる蛙の群れから逃げるように崖の上へと登っていった。


「今日もいい感じに狩れているな。あと四匹で俺の方は一杯だ」

「俺もあと二匹でパンパンだ!こりゃカイが降りたら終わりかもしれねぇな!」


 俺が茶化すようにそう答えると、カイはフッと笑って俺の腕を小突いてきた。


「バカ言うな。三匹狩ったらユウキも手伝いに降りてこいよ」

「アハハハ!分かってるって!」


 二週間共に狩りをしたこともあって、俺達は少し心を開き始めていた。パーティーという堅苦しい枠に収まらず、一定の距離を保ったこの関係だから逆に良かったのかもしれない。


 互いに狩る数は日によって違っても、一日の稼ぎは変わらない。その安心感がまた俺達の間をうまいこと取り持ってくれていた。


「かなり退いたみたいだな。それじゃあ行ってくる」

「おう!なんかあったらすぐに呼べよ!」


 シーフロッグ達が海の中に戻っていったことを確認し、カイが崖の上から下に降りていく。俺はその場に腰を下ろして、カイが戦う様子を眺めていた。


 カイの戦闘スタイルはその体格と使用している武器からも予想していた通り、ヒットアンドアウェイ戦法だ。右手に持った小ぶりの剣で傷をつけ、直ぐに距離を取る。攻撃を避けた後、再び相手に詰め寄り剣を振るう。その繰り返しだ。


 一匹を倒すまでに時間はかかるが、そのかわりカイは傷を負わない。本人は火力が無いと嘆いていたが、そのぶん優れた回避能力がある。その力でBランク冒険者にまで上がってこれたのだろう。きっと沢山頑張ったんだろうな。


「──ユウキ!何してんだ、さっさと降りてこい!もう三匹目倒したぞ!」


 そうこうしているうちに、カイが三匹目のシーフロッグを倒し終えたようで、少し怒った様子で声を上げた。どうやら既に四匹目との戦闘が始まっているらしい。俺は慌てて崖から飛び降り、カイの元へ駆けていった。


 ◇

 

 今日のノルマを狩り終えた俺達は、ギルドへ戻ってシーフロッグを買い取って貰った。連日一人で十匹以上狩っている冒険者など地元の冒険者でも数名しか居ないらしく、出稼ぎに来た奴らからは怪しい目で見られていた。だが正攻法で狩っている以上、とやかく言われる筋合いはない。


 テーブルの上に置かれた大量の金貨を前に、俺とカイは有頂天になっていた。


「一、二、三……今日も稼げたなぁ!こんなに稼げるなら去年もここに来ればよかったぜ!」

「そうだな。まぁ俺が協力してやってるから、ここまで稼げてるんだがな」


 カイはそう言ってわざとらしく笑みを浮かべた。その笑みの理由を察した俺は、カイの肩を軽く小突いた。


「おいおい言うじゃねぇか!昨日も一昨日も体調悪いとか言って上で休んでたくせによぉ!俺が頑張って狩ってきたの忘れんなよな!」

「ふっ……分かってるさ」


 カイはそう言って笑いながら肩をさすった。さっきのセリフは、二日間俺が一人で稼いできたことに感謝しているという、彼なりの茶化しだったのだ。


 多分カイは俺が丸一日かけて二人分倒したと思っているのだろう。まぁ実際は適当に魔法ぶっ放して死体を回収しただけだ。だから二時間もかかっていないのだが。


 二人で酒を飲みながら談笑をする。時間が進むにつれ、ぽつぽつと冒険者の姿が少なくなってきた。この街に来た時より、出稼ぎの連中の数も減ってきているのだろう。時間の流れとは速いものだ。


「この街を出るまであと二週間かぁ……カイはクアベーゼを出たら何処へ行く予定なんだ?確か行きたいところがあるって言ってたよな!」


 俺の問いかけに、カイは少し視線を下へと逸らした。なんとなく言い辛そうな表情を浮かべつつも、少ししてから小さく呟くように行き先を告げた。


「……ルウエンだ」


 カイはそう言った後、恥ずかしそうに頬を染めながら酒を一気に飲み干した。なぜそんな態度を取ったのか分からないが、それ以上になぜルウエンに行くのかも分からなかった。


「ルウエンってあの砂漠地帯の街かだよな?あそこって特に何もないだろ!?」

「少し用があってな。そっちこそ、ここを出たら何処へ行くんだよ」


 なぜかあからさまに話題を逸らそうとするカイ。どうやらルウエンに行く目的など、詳細を聞いては欲しくないようだ。それならお望み通り、俺の話をするとしよう。


「俺はオルテリアに戻るつもりだぜ!あっちに放置してきた奴も居るからな!俺の家がどうなってるか気が気じゃねぇよ!」

「そういえば、同居してるやつがいると言ってたな。そんなにヤバい奴なのか?」

「んーまぁ割とヤバいな!自分で飯は作れねぇし、洗濯も出来ねぇし!でもそこも憎めないっていうかな!良い奴だよ、アイツは!」


 俺はそう口にしながら、家に置いてきた手紙のことを思いだしていた。ネムの奴、ちゃんと読んでいるだろうか。飯はちゃんと食べれているだろうか。家がゴミ屋敷になっていないだろうか。


 考えれば考えるほど不安が波のように押し寄せてくるため、俺は頭を振り回して考えることを止めた。


「用事が終わったらカイも遊びに来いよ!そん時は俺の冒険者仲間紹介してやるから!」

「そうだな……用事が済んだら遊びに行かせてもらおう」


 そう口にするカイの目は、何処か遠くを見つめていた。

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