会えない君
友川創希
隔てる壁
どんなに遠くても心の中では近くに存在するもの。
たとえ届かなくたとしても、そこに向かって手を伸ばす。
だけど、どこかに僕らを隔てる壁は存在する。
それが邪魔をする。
また邪魔をする。
それでも僕は手を伸ばす。
その先にあるものに向かって手を伸ばす。
まだまだ伸ばす。
触れる。感じる――
それが。
――ピコン!
僕を眠りから起こすためにスマホ自身が意思を持って、都合よく通知音を出してくれたのか――いや、そんなはずはない。遠く離れている大切な人からの朝のコールだ。それは僕にとっては目覚まし時計以上に効果があるものなのだ。
『昨日、友達とカフェに行ってきたんだ! 自慢するための写真付き(笑)』
昨日面白い動画を見すぎて夜ふかししてしまったせいもあって(いや、それは関係なく)まだ布団にうずくまっていたいが、強引に体を起こし、メッセージを開く。すると、そのメッセージとともにカフェで撮ったと思われる写真が添付されていたのだ。友達とピースをしながら写る彼女は、花壇に咲く美しい花のように明るく笑っている。
「これはパンケーキかな……」
この中央に写っているのはパンケーキだろうか。普段はどこか妹のように感じてしまうけれど、こういう姿を見るとやはり彼女は女子高生なんだなと思う。僕が目を凝らし、さらに見てみるとパンケーキに文字のようなものがチョコペンで描かれていた。
――あいつ、やったな。
『おい、パンケーキに僕の名前を書くなよ!(笑)』
彼女のいたずらを見つけると、僕はすぐに彼女に対してそんなメッセージを送った。いや、指が勝手に動いたというのが正しいかもしれない。
『なにー? 私からの気持ちなのに! 君って言ったら(笑)!』
僕が彼女を攻撃し、(お詫びの品として)ギフトでも送ってもらおうと考えていたのに、逆に彼女に反撃されてしまった。一筋縄ではいかなそうだと悟ると、僕は話題を変え、『そっちは今日も寒いの?』と送った。つまりは逃げたということだ。
『もー! まあいいや、こっちは今日も5度! 北海道は平常運転でさむさむだよー。でも沖縄は今日も25度超えかー、暖かいよね。さっきニュースでやってた』
彼女は僕が瞬きする間に、今日も北海度は寒いということを伝えてくる。
『そうなんだよー! こっちは暑いぐらい! じゃあ、準備があるから』
『うん、またね』
僕は彼女との朝のLINEを終わらすと、もうルーティンとかしたように彼女の住んでいる北海道のニュースをチェックする。トップニュースには『北海道桜前線最新情報!』『行方不明の女子高校生を無事発見。大きな外傷なし』『北海道、週末は雪に警戒』というものが並ぶ。ただ、それらの記事を読むことなくスマホをスクロールしていく。
「あっ――」
突然、スマホの画面が急に灰色に染まった。電源が切れたのだ。故障とかではなく、たぶん充電が切れてしまったのだろう。充電という壁にやられたなと思いながら、スマホを充電機につなぐ。
充電機にスマホを差す。その充電機の横には1枚の写真がある。特別珍しくもなければ、思い出のある場所で撮ったというわけでもないこの写真に妙に心を惹かれるのは、やはり彼女のことがいつも張り付いているからなのだろう。ただ、僕と彼女の間には隔てるものがある。壁というのが正しいだろうか。
僕らを隔てるもの――それはお互いの住んでいる距離。
高校生になって僕の親の仕事の都合で、僕らは離れ離れになった。最初は日本なんだし、そんなに離れていないものだとどこか勝手に思っていた。でも、地理の授業で北海道と沖縄の距離が2500キロメートル、飛行機で僕の最寄りの空港から行くと5、6時間と知ったときの骨が溶けていくかのような絶望感を今でも忘れられない。暇なときにでも会いに行こう――馬鹿な僕はそんな風に楽観的に考えていたのだ。
チャリン。チャリン。
――ただ、考えていたのはあくまで過去形だ。
カレンダーの今週の土曜日には大きなピンク色の丸が描かれている。そして僕の手元には僕にはもったいないほどの大量のお金(ブラックバイト……いや、ホワイトバイトでコツコツ貯めたお金だ)がある。この2つが何を意味するか……つまりは、そういうことだ。
「3年ぶりか……。てか学校遅れるじゃん! やば! 早く着替えないと……!」
どこか妄想に囚われていたのか、バスの時間が迫っていることに気づき、しわくちゃなワイシャツを急いで着て、一ヶ月ぐらい無駄に長く伸びた髪の毛を急いでくしでとかして身支度を終わらす。それから家を飛び出す。
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