ゴツゴウ的に楽しい冒険!?

佐倉那都

1話【1】:ご都合的でいいじゃない!?


 突然ですが、俺、御都號ごつごうは異世界に転移してしまったようです。

 そんなことある? と思わず叫びたい気分ではあるけれど、残念ながらトラックに跳ねられた衝撃が体を支配しているせいで声なんて出るはずもない。当然体も動きそうにはない。そんな状況で、どうして今異世界にいるのかを把握できているのかといえば、それは異世界転移などでは定番の女神様との邂逅中だからである。もっとも、身動きの取れない俺に女神様の姿は見えない。辛うじて声だけが聞こえてはいるものの、正直なところ痛みに気を取られてしまうせいで、話の内容なんてまったくといっていいほど入ってこなかった。


「聞いていますか、ゴウ」


 そんな俺の様子に気付いたのか、少しだけ怒気を孕んだ声が耳に、いや、脳に直接響いてくる。声を出せる状態ではないので、心の中で「女神ってんなら、先に治療でもしてくれればいいのに」と、女神様相手に悪態をついてみる。すると、心の中を読む力があるのか、それともようやくこちらの状態を把握してくれたのか、女神様は「もしや、異世界の人間は脆いのですか? ……先に傷を癒すべきかもしれませんね」と呟くと、魔法と思わしき力で俺の体を癒してくれた。


「これで、私の声が届きますか」

「……! ……はい、聞こえます!」


 温かな光に包まれると、不思議なことに外傷は全て消え去っていた。だが、出血までは補えないようで、返事とともに立ち上がった途端に眩暈に襲われる。しかし、女神様は俺の体を支えるかのように大きな手で頬を包みこむと「そのままで構いませんよ。私の可愛い、か弱きゴウ」と言うと、そのままゆっくりと床へと座らせてくれた。色々と気になる部分はあったが、ひとまず「ありがとうございます」と感謝を告げると、女神様は美しく微笑んだ。


「先の様子だと、もう一度始めから話す必要がありそうですね」

「……す、すみません。お願いします……」


 改めて女神様の姿を見ると、人間よりも遥かに大きな体躯を持っていた。少なく見積もっても五メートル以上はあるだろう。体は薄く光を帯びていて、本当に神秘的な存在なのだと、嫌でもこちらに思わせる雰囲気だ。そんな人知を超えていると思われる存在だからだろうか、まだ名乗ってもいないのに俺の名前を知っているのは。

 そんな女神様は、まずこの世界について教えてくれた。

 この世界、ワルドアナザァには、人間族を守護する女神と、魔族を守護する魔神とが存在している。魔族は、人間のような姿を持つ魔人と、様々な姿を持つ魔物とをひっくるめた呼称のようで、彼等は地底深くにあるという深淵の闇――アバドゥンより生まれてくるものらしい。もとより地上で生まれ育った人間族や野生の獣とは違う理で生きており、また地上生物よりも遥かに優れた力――それは物理的な力であったり魔法であったりと個々で差があるという――を持っているため、人間族とは過去に何度も衝突してきた。だが、百年程前に『女神の聖剣』に選ばれた『勇者』率いるパーティによって『魔神の瞳』に選ばれた『魔王』が倒され、魔神と魔族をサターナという大陸に封じ込めることに成功したそうだ。

 しかし、二十年程前に突然魔神が復活してしまう。その結果、新たな魔王が誕生し、その魔王が率いる魔族たちによって人間族は滅亡の危機に陥っている。多くの村や町は魔族によって滅ぼされており、他の場所も時間の問題だと女神様はいう。今俺がいる大陸――サンクチュアですら、女神のお膝元であるにも関わらず、魔族による侵攻が始まっているようだ。女神の加護を込めた『聖玉』が結界として機能しているため、辛うじて耐えてはいるが闇の影響が強まれば聖玉もいずれ割れてしまい人の住む場所は奪われてしまうだろうとのことだ。


「だから、あなたを召喚んだのですよ。ゴウ」

「え、まさか……俺が勇者とか……?」

「いいえ、違います」

「あっ、はい……」


 俺つえぇぇ展開か!?

 一度くらいは妄想したことのある展開に喜びそうになる前に希望は打ち砕かれる。

 異世界転移もしくは転生ものでは所謂チート能力を付与されることが多い。テンプレに当て嵌めて考えれば、トラックに轢かれた俺はその衝撃で異世界転移を果たした。何故か。今の女神様の話の流れからすると、世界を救うためだろう。だが、俺は勇者ではないらしい。では、なんのために?

 首を傾げていると、女神様が一人の青年の名を呼ぶ。レイと呼ばれた青年は、俺より少しだけ年上のようにも見えた。顔立ちの整った、誰が見てもイケメンと言うこと間違いなしの青年は豪華な鎧を身に纏っていた。腰に下げている剣も見るからに高価そうだ。もしや、彼がこの世界の勇者なのだろうか。


「彼は勇者の末裔です。……あなたが彼を勇者にするのですよ」

「……んっ!? どういうこと!?」


 どうやらレイはまだ勇者ではないらしい。そんな彼を勇者にするのが俺の役目だと女神様はおっしゃるが、意味を上手く呑み込めない。この女神はいったい何を言っているのだろうか。


「女神ペルーア、もう少し詳しい説明を求めるよ。俺は、彼が俺の力を引き出してくれるとは聞いているけれど……それだけでは情報が少ないように思うかな」


 困惑しているのは俺だけではないらしい。

 勇者の末裔であるというレイもやや眉根を寄せている。もっとも、彼は俺よりは事情を知っているようではある。なにせ、俺がレイの力を引き出すという、俺の知らない情報を口に出していたのだから。


(……待てよ?)


 レイの発言に、一つの考えが浮かぶ。

 もしや、これは俺の異世界転移特典が影響しているのではないだろうか。

 異世界転移のお約束、チート能力ゲットイベントは俺には訪れなかったが、実は痛みで記憶がないだけできちんと能力自体は付与されているのかもしれない。そして、それは勇者の末裔であるレイの力を引き出せるようなものに違いない。であれば、女神様が俺にああ言うのも納得がいく。


「ふふ、そうですね。では、まずはレイについて話しましょう」


 そう言うと女神様はレイを俺の目の前に移動させる。魔法だろうか、一瞬にして目の前に現れたように見えたが、俺以外は平然としているのでワルドアナザァという世界では案外普通のことなのかもしれない。


「俺はレイ・レブ・ユーシ。勇者の末裔で、一応次期勇者ということになっているよ」


 俺の前に強制的に移動させられたレイは赤い瞳を柔らかく細めると、胸に手を当てたまま軽くお辞儀をしてみせた。その動きに、彼のブロンドの髪がさらりと流れる様すら美しい。これだから顔の良い男は、と内心毒吐く。


「……形だけだけれどね」


 しかし、その後に続いた言葉は卑屈さが感じられるもので、美しい見目や勇者という称号にはあまり相応しくないように思えた。彼の表情も自身をあざけるようなもので、やはりそこに俺が召喚された理由があるのかもしれない。


「ゴウ。レイの瞳を見て、何か感じませんか?」


 女神様の言葉にじっとレイの赤い瞳を見つめてみる。俺の行動に困ったように、どこか諦めたように笑うレイの表情は気になるもの、何かを感じるかと言われれば答えはノーだった。「悪い、何も感じない……」と返せば、レイは驚いたように瞳を丸くさせ何度か瞬きをした後、突然大きな声で笑い始めた。


「え、なになになに!?」

「……ふ、ふふっ。君、変わっているって言われないかな?」

「いや、むしろ平々凡々でなんの特徴もないねって言われてきましたけど……?」


 ――さては、喧嘩を売られているな?

 俺は臨戦態勢に入る。すると、レイは「すまない。君の反応が嬉しくてね」と、こちらの手を取るとそのまま跪いて手の甲にキスを落とした。


「……っは!? はぁ!?!?」

「ゴウ、だったかな。どうか、この世界を救うために俺に力を貸してほしい」

「待て待て待て! 俺を置いてけぼりにするな!!!」


 慌ててレイを振り払うと、彼は女神様に視線を移す。そして、「女神ペルーア、ゴウの力とはこういうことなのかな」と、どこか嬉しそうな表情で首を傾げている。レイの目を見つめていた女神様は彼の問いに首肯で返すと、今度は俺へと視線を合わせた。


「レイは、勇者の末裔という話はしましたね。しかしながら、レイは勇者を名乗るには弱いのです。一人で強敵に立ち向かえるほどの力はない――という思い込みが強すぎるが故に、本来の力を発揮できずにいます。そこで、ゴウ、あなたの力が必要になってくるのですよ。あなたには、『触れ合ったヒトの力を増幅させる』ことができる不思議な力があります。その力を使って、レイを支えてほしいのです」

「え、えぇ……」


 予想通り不思議な力は俺にも付与されていたらしい。『触れ合ったヒトの力を増幅させる』という、よく見るような能力である。どうせなら、もっと珍しいものが良かった――とは流石に口に出せそうにはないので内心にとどめておくことにする。だが、これだけは。これだけは言わせてほしい。


「なんっで! 男なんだよ!!!」


 俺が物語の主人公であるならば、力を分け与える存在――つまり勇者は女性であるはずだ。少なくとも俺が読んだライトノベルのパターンではそうだ。しかし、現実はどうだ。目の前にいるのは男である。他人であれば偏見はないが、自身となると抵抗はある。何故なら俺は女が好きだからだ。だから、世界を救うために男と触れ合ってくれと言われても困る。非常に困る。

 しかも、お約束に当て嵌めて考えるのであれば触れ合うというのは多分キスだけではなく、その先――セックスも選択肢に入っているのだろう。行為によって力の増幅量が変化する可能性も高い。だが、勝手な思い込みで判断するのはよくないかもしれない。この流れで考えると、俺に戦う力はなさそうだ。つまり、ここでの返答は異世界生活の今後に関わってくる。女神様のご機嫌を損ねれば即死の可能性もあるかもしれない。仮に日本に戻れたとしてもトラックに轢かれている以上、こちらも帰った途端に死が待っている。せっかく解放されたのだ、異世界でもいいから自由に生きてみたい。会話は慎重にしなければ。


「……ちなみに、触れ合うの定義って聞いても……?」

「確かに。それは俺も知りたいところだね」

「手を繋ぐ、口づけをする、素肌で触れ合う、体を交えるなどですね。行為によって力の増幅量や持続時間にも変化がありますよ」


 ――やっぱりな!!!

 思わず、頭を抱えてしゃがみ込んでしまう。

 ちらりとレイの様子を窺えば若干顔を赤らめてはいるものの、嫌悪感や抵抗感は見受けられない。何故だ。少しは思うところがあってもいいだろう。そうでなければ、俺がおかしいみたいではないか。


「ゴウ。あなたが思っているよりもワルドアナザァの現状は悪いのです。たった二十年で、人間族の社会は既に崩壊へと進んでいます。魔神並びにその配下の魔王を倒さねば、世界は滅びを迎えるでしょう。突然のことで戸惑いも多いことは分かります。ですが、どうか力を貸してくださいませんか?」

「俺からもお願いするよ、ゴウ。俺には君の力が必要なんだ」

「……そ、そう言われても……あんた、そんなに弱そうには見えないんだけど?」

「見せかけだけなんだ、悲しいことにね」


 ――これは重症だ。嘲笑的なレイを見て、そう思う。

 女神様が言っていた通り、彼は本当に自分が弱いと思っているようだった。それが、レイ自身の思い込みであるのか、それとも実際に弱いのかまでは今の俺に判断することはできないが。

 とはいえ、「はいそうですかよろこんでー」と言えるほど、俺はお人好しではない。もし、俺に与えられた力がサポート系のものでなければ何かしらの形で協力した可能性はある。俺の中の少年が、一度くらいは異世界を旅してみたいと叫んでいたから。だが、実際俺に与えられたのはサポート能力である。つまり、俺は身を守る術を持たない。レイが弱いとか強いの問題ではない。俺が弱すぎる。魔物とか魔人とかがいるような世界だ、安全圏から出た瞬間に即死する未来しか見えない。


「そう言われても、俺が協力するメリットもないし……そもそも俺戦えないし……」

「でもね、ゴウ。俺も君がいないとまともに戦えないんだよ」

「……そうまでして勇者って必要な存在なのか?」

「魔族との争いだけであれば勇者一人に頼るのではなく、数で対応した方が確実です。ですが、魔神を再封印するには私の力が宿った聖剣が必要なのです。そして、その聖剣を使えるのはかつての勇者の血を引く者だけです」

「そして、今の俺には魔神の住むサターナ大陸まで行く力はないんだ」


 ――仲間を集めればいいのでは?

 そう言うよりも早く、レイが補足を入れてくれる。先程もちらりと聞いたが、女神様の本拠地であるサンクチュア大陸以外の土地では領土を守るだけで精一杯のところが多く、とてもではないが別動隊を用意する余裕はない。サンクチュアですら、女神様のいるカテドラル国以外の土地には魔族の侵入が確認されている始末。


「だからね、少数で行くしかないんだ」

「……そうは、いっても……」


 どうして、俺が。

 そういう気持ちが消えない。

 物語の世界ようで、物語の世界ではない。ここは確かに現実なのだ。そして、その現実は想像以上に状況が悪い。俺のような異世界人にまで頼らないといけないくらいには。これがもう少し気楽に旅をできるような状態であれば、俺も迷わなかっただろうが事情を聞けば聞くほど楽観的ではいられなくなる。


「では、こうしましょう」


 渋る俺を女神様が両手で抱き上げる。体格差があるとはいえ、軽々と持ち上げられてしまうことに驚いてしまう。女神様の視線まで持ち上げられると、結構な高さだ。高所恐怖症というわけではなかったはずだが、今は僅かに下を見るのに勇気がいるなと感じてしまう。


「ふふ、落としはしませんよ。安心してください」


 俺の不安に気付いたのか、女神様はふわりと微笑む。すると、俺の体を淡い光が包み込む。温かなそれは少しずつ俺の体に入っていく。「大丈夫かい、ゴウ」と、下の方からレイの声がする。何に対する大丈夫なのだろうと考えていれば、俺より早く女神様が「私がゴウに対して危害を加えることなどありませんよ」と、どこか冷たさを感じる視線でレイに返答していた。ゾッとするような感覚は一瞬で、俺を包み込んでいく光とともにその感覚は薄れていく。そして、全ての光が俺の中に入ると女神様は俺にそっと口づけをして、そっと床に下ろしてくれる。


「……っ!?」

「ふふ、可愛らしいですね」

「彼に何をしたのかな、女神ペルーア」

「そう警戒しないでください。……ゴウが魔族から狙われないように祝福を授けただけです。もっとも、力の強い魔族には効果はないでしょうが……当面は問題ないはずですよ」

「……え!?」


 女神様の説明によると、レイの力だけではいくら増幅したとはいえ俺を守り切るのは難しいとのこと。しかし、俺がいなければレイは本領発揮ができないため、連れて歩くのは必須である。そのため、余程強力な魔族でない限り、俺に危害を加えられないようにしたという。ただ、魔族に接触しすぎると効果は薄れていくらしい。


「ですが、ゴウがこの世界に慣れるくらいの時間は稼げるでしょう」

「あ、ありがとうございます……?」

「ふふ。これで不安もなくなりましたね。……とはいえ、ゴウはワルドアナザァへ来たばかり。レイ、しっかりと面倒を見るのですよ」


 そう言うと、女神様はふっと姿を消した。

 「ペルーア!」と女神様を呼び止めるレイの声が空間に響く。しかし、女神様が再度姿を現すことはなかった。その代わりに、先程まで女神様が座っていた大きな座には様々なサイズの皮の袋がいくつか置かれていた。レイは袋の存在に気付くと、それを手に取る。そして、こちらに向き合うと「ひとまず、俺の家に行こうか」と、俺の手を引いて歩き出す。


「子どもじゃないんだから……」

「でも君はこの世界に来たばかりなんだろう? 子どもも同然だよ。……だというのに、ペルーアは必要なことしか説明しなかったようだね」

「いや、まだ足りないと思うんだけど……?」


 確かに、ワルドアナザァという世界に蔓延はびこる問題については理解できた。だが、俺が異世界から来たことに対することをあっさりと受け入れているレイのことや、そもそも何故わざわざ異世界人である俺を召喚したのかなど疑問はまだ多く残っている。それだけではない。この世界がどういう仕組みで動いているのかも、全く分かっていない。

 そのことをレイに話すと、「それは少しずつ学んでいけばいいよ」と呑気なことを言う。魔族との戦争を一刻も早くなんとかしなければならないのではないのだろうか。すると、俺の表情から言いたいことを察したのか、レイは笑う。


「今更俺一人が参戦したところで戦況に大きく影響が出るわけでもないからね。だから、焦る必要はないよ」


 そういうものだろうか。

 危険な場所に好んで行きたいわけでもないが、レイをサポートすることからはどうやっても逃げられそうにない以上、役目を放って自分たちだけのんびりしていてもいいものかという疑念はある。だが、レイの言うように戦力が一人増えたところで大きく変化があるわけではないだろうことは、なんとなく理解できた。だとしたら、今のうちに学んでこの世界について学んでおかなければ。女神様のおかげでいっときは魔族などに狙われなくて済むらしいが、せめて護身術くらいは覚えておきたい。


「……? ……なんか、視線が……」


 そんなことをつらつらと考えていると、様々な方向から視線を感じる。好意的なものではないが、嫌悪的というにも悪意のようなものは感じられない。好奇心とも違う、なんとも言えない居心地の悪さだけを感じる。


「みんな、君のことが気になっているんだ。今朝、ペルーアが大々的に『異界の客人を招く』などと言っていたものだから」

「それで俺が異世界人であることをレイは普通に受け入れていたのか」

「ふふ、そうだよ。でも、俺のせいでゴウにまで不快感を与えてしまったね」

「……そう思うんなら、女神様の客人から離れな! 勇者の成り損ないが!」

「えっ……うわっ!?」


 レイとの会話に、一人の女性が突如割り込んでくる。緋色の髪を持った俺とそう変わらない身長の女性には会話の内容が聞こえていたのだろう。強引に俺とレイを引き剝がした妙齢の女性は、不快感を隠そうともしていない。それは異世界人である俺に対してではなく、どうやらレイに対するもののようだ。まるで庇うかのようにして、俺の前に立つ女性はレイと対峙している。


「あ、あの……?」

「文句や批判は甘んじて受け入れるけどね。客人を怖がらせるのは感心しないね、ロニア」

「ふん、態度だけは相も変わらず偉そうに。……客人、レイは悪魔の血を引く勇者の成り損ないだ。あまり気を許しちゃあいけないよ」


 困惑する俺をよそに、何か因縁があるようにも見えるレイとロニアと呼ばれた女性は笑顔で睨み合っている。色々と突っ込みたいところはあるものの、肌を刺すピリピリとした感覚に口を噤むことしかできない。


「俺は彼に教えなければならないことがたくさんあってね。君の相手をしている暇はないんだけど」

「ふん、今日は客人への忠告だけで済ましてやるさ。女神様のお言葉もあることだしね。……でも、客人の力を借りてなお失態を晒すようであれば……今度こそアンタを殺してやるからね」

「あはは。……ロニア、君には出来ないよ」

「減らず口を! アンタたち、帰るよ!」


 俺たちを見ていたのは殆どがロニアさんの部下? だったらしい。彼女の声とともに、周囲から感じていた視線の多くは消えていく。去っていく人々を呆然と眺めていると、「驚かせてしまったね。大丈夫だったかい」とレイが心配そうな表情をしていた。


「大丈夫も何も……何が起こったか……」

「ふふ、そうだろうね。……歩きながら、話そうか」


 ゆっくりと歩き出したレイの隣に並んで歩く。一生に一度くらいはこの目で見てみたい、けれど叶うことはないだろうと諦めていた、ヨーロッパにも似た街並みをゆっくりと眺めるだけの余裕はなかった。


「俺の瞳は赤いだろう?」

「あ、ああ……綺麗だよな」

「ふふ、そう言うのは君くらいだろうね」


 レイは語る。

 赤き瞳は魔族の証なのだと。

 ワルドアナザァで赤い瞳を持つのは魔族だけ。しかし、勇者の末裔であるはずのレイは赤い瞳だった。厄介なのは、それが後天的なものであるということだった。生まれながら赤い瞳であれば、最初から勇者の末裔であると公表されることもなかった。けれど、レイの瞳は数年後に突然赤いものに変化したという。その気味の悪さから、レイは生来の力の強さもあって悪魔の子だと陰で言われるようになったらしい。だが、生まれた時にレイが勇者の末裔であると公表してしまったこと、彼が聖剣に選ばれてしまったこと、そして勇者の血縁はすでにレイのみになっていたことから、レイを殺すことはできなくなってしまった。


「……最初から赤い瞳であれば、誰も傷付けることなく、この命は消えていただろうにね」


 強がり、なのだろうか。

 レイは笑っていた。不覚にも、その表情が美しいと感じてしまって、なんだか心が苦しい。なのに、目が離せない。視線を逸らしてしまえば消えてしまいそうな儚さが、今のレイにはあった。


「だからね、ゴウ。俺は君がワルドアナザァに――いや、俺のもとに来てくれて嬉しいよ。君がいれば、俺は役目を果たせる。君がいれば、俺は勇者になれる。……ゴウを危険に晒すことになるけれどね」

「…………っ!」


 心の底から嬉しそうな笑顔を浮かべているレイの手を殆ど無意識に握る。彼の驚きの声を掻き消すかのように「俺は、お前の力になれるのか?」と問えば、レイは数度だけ瞬きをした後に美しい顔で微笑んだ。


「もちろん」

「それって、俺にしかできないこと?」

「もちろん」

「……そっか。はは、そっか。……なら、仕方ないな。うん、仕方ない。俺はお前に力を貸すよ」


 我ながら、バカだなと思う。

 それでも、俺は、俺の存在を必要としてくれる人が好きだ。必要とされている間は、生きている気がするから。必要とされている間は、生きていてもいいのだと、そう思えるから。だから、俺はレイに力を貸そう。どれだけできるかは分からないけれど。

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