一章一話 転生
私たち【魔女】は、誰か一人が死んでも十二人全員が死んでいなければ転生することができる。私が身構えずにのうのうとあの戦いを見ていたのはその権能に対する安心もあったからだろうか。
いや、私が無力だったからだ。権能は関係ない。
ただ、来世で特別な力が手に入るとか、そんなことは絶対にあり得ない。それが私たち【魔女】に定められた運命。何度死のうと、死んでから二〇〇年以内に同じ記憶と同じ能力を持ったまま何者か――人間の女性、全員例外なし――に転生して、再び人類を救済する未来が待っている。
私が<煌魔>の力を使いこなし、人の役に立つことができるのは、魔物と戦う時だけ。対人戦では基本使えないし、魔王のように魔物かどうかすら分からない相手には試したことがない。
いつか自動的に巡り合ってしまうことは分かっている。それでも、次くらいは普通の人間として生きていこうか。不思議な力を持ってるだけの普通の魔法使いとして。
――「それじゃ、後は頼んだぞ」
ハベちゃんの最後の言葉が脳裏をよぎる。私たちの為に自分から人質になってくれたハベちゃんがいる以上、私たちは戦い、彼女を助ける義務がある。
運命から逃げるのは諦めよう。ちゃんと向き合って、戦うしかない。
思考以外の全てが遮断されていた私から、遂に思考まで遮断されてしまうのを、矛盾しているが、そうとしか感じられない何かを感じる。次に感覚が戻った時は、新しい私の始まりの時だ。
*
突然、感覚が戻ったかと思えば息苦しさと感じたことのない感覚、強烈な光に襲われ、ガナはパニックになった。
「お母さん、おめでとうございます!元気な女の子ですよ!」
私を抱えるおばちゃんがそう言うのが聞こえ、私は自分が転生し、新しい体を授かったことで感覚が戻ったのだと気づいた。
急な息苦しさなど色々な理由で普通の赤ちゃんのように泣いていた私だったが、へその緒を切られた激痛に襲われたことで余計泣いてしまい、転生して十分経たずで私は寝てしまった。
*
「この
ハンサムな男性の声を聞いて、ガナは目を覚ました。声がした左を向くと、若い男がベッドの傍に座っていた。きっとこの男が私の新しい父親なのだろう、とガナは悟った。頼れる男冒険者感が溢れていて、腕の筋肉がしっかりついていた。
ガナからした男の評価は、金髪に紅の瞳を持ったイケメン、というところだが、別に彼女のタイプではなかった。
「まあ、急いで決めてあげなくてもいいんじゃない?一か月以内に役所に出生届を出せばいいし」
この男がお父さんなら、この女の子はお母さんなんだろうけど、かなり可愛い。
その少女は、男と違い、橙色の髪とトルマリンのような瞳を持っていた。筋肉のあまりついていない華奢な腕からは剣士ではなくウィザードであることが窺える。
ぴちぴちの美男美女の両親のもとに生まれられるなんてついてるなぁ、と思う。私は早く髪の毛が生えて、髪の毛と眼の色をそれぞれどちらから遺伝したか確かめられる日が待ち遠しくなった。
と、同時に強い眠気に襲われたガナは、再び眠りに就くのであった。
*
ガナが転生してから、はや四か月の月日が経過した。ガナはガーネリア・デイルポッドと名付けられ、歩くことはおろか何かにつかまって立つことすらできず、未だ母メオラに連れられて生活している。
その生活を続けるうちに、私たち【十二魔女】の活動拠点のあったメリア樹海が数十年前魔王に破壊され、メリア海が以前より広くなったこと、【十二魔女】が魔王と決闘をしてから一八四年経過していること、ハベスを除いた全員が<新月>により眠っていて、私ガナは死んだことになっていない、などの事実を知った。
つまり、私が何度ガナ・キランヴェルの生まれ変わりだと言っても誰も信じてくれない状況だ、ということだ。<煌魔>の力を見せれば信じてもらえるのだろうが。
私は母の橙の髪と父の紅い瞳を受け継いでいて、それなりに悪くないとは思っている。少なくとも、前世のように灰色の髪と淡い水色の瞳という地味な組み合わせよりは全然いいと思っている。
「リアちゃん、おはよう」
「おぁぃう」
「今日も可愛いわねぇ」
声帯が発達していない所為で、まだ喃語しか喋ることしかできない点に不満はあったが、仕方ない。こうしている間もどこかでハベちゃんは暇をしている。それに比べれば、こんなものは何でもなかった。
この近所のおばちゃんは、歳が離れているお母さんとも仲がよくて、私にも挨拶をしてくれるとてもいい人だ。
「そういえば奥さん。この前、あの魔王が『私の警戒すべき者が復活を遂げたか…。十六年後が益々楽しみだ』とか何とかって言っていたらしいわよ。このあたりは辺境といえるくらい何もない場所だし、何もなければいいけどねぇ」
「警戒すべき者、ですか。確か、人質にとられた【混沌の魔女】様以外は<新月>でお眠りになさって、一六年後にご復活なさるって聞いてますが」
「もしかすると、【原初の魔女】様じゃないかしら」
「かもしれないですね」
【原初の魔女】様…。そのお方は、私たち【十二魔女】ですらお会いしたことのない方だった。つまり、その『警戒すべき者』はやはり私のことなのだろう。
私たちや【原初の魔女】様以外に脅威がいなければの話にはなるが。
まだまだお母さんとおばちゃんの会話を聞いていたかったが私は、眠気に負けてしまい、その後の話を聞くことができなかった。
*
あいにく夕食の時間も寝てしまった私は、あの会話の続きを知ることができないままでいる。その時に重要な話が出ていれば、いずれ知る日が来るのだろうけれど…。
私はこの数日で、新たに知ってしまったことがある。それは、昼間は大人しいお母さんことメオラが、夜は激しいということである。
「あぁっ、マルク、マルクっ、あっ」
「メオラっ、くるぞっ」
何度も何度も旦那である父マルクサンドロスを愛称で呼びながら、深夜の二時頃までベッドの上で二人で暴れまわる。
お父さんに特殊性癖の一つもない所為か、同じような行為を繰り返す。何回戦までやってるかなんて数えることすら億劫になる。
聞く側が退屈しないように様々なプレイをしてもらいたい。
遠い昔の記憶を思い出そうとして、でも、やっぱり私は目を背けた。背けてしまった。
今はもう、うっすらとしか思い出せない
思い出してたまるか。私は、【煌魔の魔女】、ガナ・キランヴェルだ。
二人の行為に集中して、今のことは忘れよう。
若いことはいいことだ、と思いつつ、娘のことも考えろと思う。それでも私は、行為中の夜泣きは絶対しないことを心がけている。
無論、私は制御できず大変なことになったおしめを早くどうにかしてほしいところであるが。
夜泣きをするタイミングを窺うことも退屈になって、おしめのことは忘れて私は眠った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます