【煌魔の魔女】の復讐転生~魔王から仲間を取り戻す日まで~

松浜神ヰ(KaMUI a.k.a. gl

プロローグ 魔王 対 【十二魔女】

 曇天の下に聳え立つ凶悪な気配と重圧の蔓延した廃城の中、最奥部に位置する宮殿で、私を含めた十二人の【魔女】が、人型の生命体と対峙していた。

 漆黒の禍々しい何かで身体を形成し、赤い爪と金の装飾品以外何も身につけていないその生命体こそは、突如後輪し、かつての平凡な世界を破壊した魔王である。


 私たち【十二魔女】は、この世界の概念存在を司る神様のようなもので、誰かが生きてさえいれば死んでも二〇〇年以内に転生することができる。

 その私たちだけに与えられた権能に甘んじ、【混沌の魔女】であるハベス・メスことハベちゃんが魔王に決闘を申し込んでしまい、私たちはここにいる。

 ただ私、ガナ・キランヴェルは【煌魔の魔女】であり、魔物を手懐けることしかできない。魔物のいないこの廃城で私は戦力外なのである。


「本当に来てしまったか、【十二魔女】よ。貴様らとは戦わずに済むと思ったのだがね。貴様らは人間と魔物の中立ではないのか?」

「あいにく、ウチらは人間サイドだ。人間に危害を加えるなら何人だろうと排除してやる。ウチらは人間と相互に助け合うって約束したんだよ」


 そう言って、ハベちゃんは爽やかに笑い、白黒のツインテールを揺らす。今回の件の張本人ながらにして、随分余裕そうだ。


「まあ、お前たち全員に死なれるとこの世界が崩壊し、我まで存在できなくなってしまう。それは困るからな、貴様らのうち誰かを人質にしようじゃないか。もし誰も人質になりたくない、或いは人質をすぐに解放してほしければ、我をすぐに倒すか、降伏して二度と我の前に姿を見せないか、だ。どうする?」


 私は、迷った。この状況は、戦力外である私が人質となるのが一番効率的ではある。ただ、人質になってしまえばこの魔王が倒されるまで間の数年、数十年、数百年の間、きっと生きているか死んでいるかも分からなくなるほどの暇が続き、解放された頃には廃人になってしまっていることだろう。


 【魔眼の魔女】アルタ・ネルルバスことアルちゃんや、【空間の魔女】スウカ・ゾーネスことスウちゃんなら何かしらの魔法で脱出できるかもしれない。だからと言って、他の人を犠牲にすることが悪いこととは知っているし、私に行く義務はないが権利はある。

 一体どうすれば…。


 ガナが悩んでいるうちに、誰かが前に出た。それは、ハベスだった。


「じゃあ、ウチが人質に、いや、魔女質になってやるよ」

「ちょっとハベちゃん、決闘を挑んだ張本人が戦わずしてどうするの?!」

「そうよハベス。ガナの言う通りよ」


 珍しくアルちゃんが焦っているようだった。きっと、みんな同じようなことを考えているのが表情から窺えた。私も少しばかり心配になってしまう。


 【混沌の魔女】ながらにその力は十二人の中で最強であり、ハベスが戦わないことは全員にとって大きな損失となる。


「あのさ、人質にならなければお前らは全滅さえしなければ<新月>を使って逃げられるだろ。二〇〇年したらまた戦わなきゃいけないにしても、無期限の退屈を味わうよりはマシなはずだ」

「それはそうかも…」


 ならここは、ハベちゃんに人質ならぬ魔女質になってもらい、その間に私たちは<新月>を使って二〇〇年の眠りに就こう。


 ガナは他の十人が後退し始める中、一人でハベスに向き合った。


「それじゃあ、お願いできる?」

「任せた」


 ハベちゃんは私たちに背を向けて歩き始めた。私は、名乗り出なかったことに少しだけ罪悪感を覚えた。それでも、その背中は私たちの知る【混沌の魔女】とは違う、とてもかっこいいものだった。


「ウチが人質になってやるよ。他のカワイ子ちゃんじゃなくて残念だったな」

「決闘を申し出た身ながらに戦わなくて済む選択肢を選ぶとは、随分惨めなものだな。失望したぞ、骨のある奴だと思っていただけにな」

「それはご愁傷様。さあ、どうやってウチを拘束するつもりだ?」

「我が作り出す亜空間に転送するだけだ。死んでしまうような場所でないことだけは保証してやろう。まあ、退屈のあまり自害してしまう者も過去にはいたのだがな」

「ウチが退屈かどうかなんて、自分で決めてどうする。神が、世界が、ウチに退屈と思わせるかはコイツが決める」


 ハベルは掌の上で正十二面体のサイコロらしきものを転がして魔王に見せつける。


「ほう、それは面白い。確かにお前は我に決闘を挑んだ者なのだろうな。そのサイコロで決闘を挑むことすら決めたのだろう?」

「ご名答。それがウチのやり方だからな」


 そんなモノに私たちが巻き込まれる運命を決められてしまったのかと思うと、驚きや呆れを通り越して流石とすら思ってしまう。


 当然、ガナだけでなく他の十人も微妙そうな反応を示していたのは言うまでもない。


「さあ、早くウチを亜空間に転送しろ!」

「後悔はするなよ」


 魔王が左手を突き出して開く動作をすると、同時にハベスの前に魔王の身体のように暗い闇の穴が出現した。ハベスは歩き出し、残った【魔女】たちを振り向いた。


「それじゃ、後は頼んだぞ」


 私はハベちゃんが闇に飲まれていくのを見届け、気づけば穴は閉じていた。


「さあ残された【魔女】たちよ。我と戦うか、それとも降伏するか。降伏すれば今すぐこの人質は解放してやる」

「悪いけど、ビアたちは戦うっす!行け、みんな~!!」


 【烈火の魔女】ビア・ウチスクの号令に応え、十人は駆け出す。ただ一人を除いて。

 ビアが業火で魔王を包み、アルタが魔眼で定めた<死点>を剣で貫き、スウカがその傷口で空間を歪め、爆ぜさせる。【歪曲の魔女】ブリュー・イルィアが魔王の体を捩じり、【最果ての魔女】アイ・クズァが寿命を『十秒』と<定命>し、【古龍魔女】キリナ・コルコスが黒雷を落とし、【氷結の魔女】ラム・サウザーが氷塊に閉じ込め、【剛腕の魔女】クリス・メーテルが叩き潰し、【安息の魔女】ルーン・キーレストがそれら全てによる苦痛を維持させ、【堕天魔女】カルナ・オーバクが浄化魔法をかける。


 魔物がいない所為で無力な【煌魔の魔女】は、十メートル近く離れたところからその激しい攻撃の様子を見ていた。


 私も、誰に頼らなくても強い【魔女】だったらよかった。人類や世界を脅かす存在を圧倒する十人を見て、久しぶりに悔しいと感じさせられた。


 そんなガナを知らず、その場に彼女もいると思い込んでいた十人は二〇〇年の眠りに就く禁術<新月>を発動させてしまった。

 <新月>は半径五〇センチメートル以内の至近距離に四人以上の【魔女】がいて初めて使用できる。それの発動に気づいたガナは、大慌てで走り出した。


「ちょっと!?まだ私が参加してないんだけど…」


 ガナがそう叫んでいると、致死ダメージの倍以上のオーバーキルを受けたはずの魔王が立ち上がり、全員に何とか聞こえる程度の小声で言った。


「残念ながら、お前は死んでいる。我が一番恐怖していた筈の『無能魔女』よ」


――え?


 一瞬痛みが走ったかと思うと、体が宙に放り出されたような感覚がする。腹部がドロドロした液体にまみれる感覚はしても、床を踏む足の感覚がない。


――体を、切られた?


 私は、<新月>が無事発動し光りだす十人を見て安堵すると同時に、絶命した。

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