いとしのドンネル

天川

推しのおじさま

「───儂は……こんなことのためにっ……医の道を志したのでは無い──!!!」


 私が、彼を主役にドラマを作るなら、このセリフを到達点として物語を組み立てるであろう。彼の歩んだ道は、未だ持って前例のない無人の荒野を征くが如き偉業であると、私は思っている。



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 ………どうやら、本日から紙幣の肖像が交代になるらしい。


 以前から聞いていたのだが、今朝のニュースで耳にして「あぁ……もうそんな時期か」くらいの感慨ではある。正直、「お金に縁のない人生を送ってきました」と冒頭の書き出しに記してありそうな生き方をしている私にはどうでもいいことではあるのですが……。


 今回は、ちょっと事情が違うのです。


 あの人が、

 そう、あたしの愛するあの人が────!


 千円札の肖像になるのですっ!!




 ────北里柴三郎




 興味のない人には、誰? ってなるかもしれませんね。

 大学を出た方たちは、うん知ってる北里大学の人ね、創立者だっけ? となるかもしれない。

 これからは、あ~千円札の肖像の人ね、と呼ばれることになるであろう。

 でも、実際世間の人にとってはそんなもんだろう。


 ちなみに柴三郎は、「開拓、報恩、叡智と実践、不撓不屈」──の北里大学の創立者ではない。源流はもちろん柴三郎にあるのだが大学が設立されたのは彼の没後三十年以上経ってからのことで、直接関わってはいないのです。



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 以降の記述は、高卒の私が斜め読みした知識と偏執的で歪んだ愛で語る、間違いだらけ(かもしれない)の北里柴三郎について、である。間違いがあったらどうかコメント欄にてご訂正いただきたい。そしてみんなで柴三郎を推しましょう、レッツ・ドンネル~✨️

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 以前、千円札の肖像が野口英世になると聞いたときには「はぁ!?」と思ったものだった。実際声も出ていたかもしれない。そもそも、肖像にするような人だったっけ? ……いやそれはともかく、医学者としてなら北里柴三郎が先だろう? と憤ったものだ。


 …………第一回ノーベル賞候補


 実際、受賞していてもおかしくないほどの業績があったのだ。現代ならば間違いなく共同受賞に名を連ねていたことだろう、と語る学者は多いだろう。


 彼の業績の冠たるものの一つに『血清療法』がある。


 罹患者の患部から抽出した細菌を動物に注射しその体内で免疫を獲得させた後、その動物の血清を患者に注射することにより受動免疫を伝達する治療法である。

 最初に開発されたのは、ジフテリアと破傷風。

 この研究で活躍したのが、北里柴三郎とベーリングである。(後に、ベーリングのみノーベル賞を受賞したのは有名なお話)

 その後も、北里柴三郎とその仲間たちは数々の業績を上げ、数えるのもきりがないほどである。


 そんな彼だが、なぜか日本史を紐解いていく過程では驚くほど影が薄いのが不思議である。

 実際に、

『日本の有名な医学者と言えば?』

 と問われれば、多くの人が「野口英世」や「志賀潔」あるいは作家としても有名な「森林太郎(森鴎外)」を挙げる人も多かろう。もっと遡って「杉田玄白」の名を推す人もいるかもしれない。


 ────なんで、柴三郎出て来んの!?

 

 いえね、偉そうなこと言っておりますが、私自身も中学上がるまでは全然知らない人だったんですよ。ところが、とある漫画本を読みましてね……こりゃスゲェ!! ってなんたんです。もう、この人紛れもない英雄じゃん! ってね。

 以来、なんで野口英世やねん! 柴三郎やろ!? って、そこら辺のJKやおじさんをとっ捕まえて小一時間能書きを垂れたいくらいにまでなったんです。


 彼の業績は、そのへんで調べれば一発で出てくるほどの、押しも押されもされぬもののはず。……であるにも関わらず、ここまで影が薄い……紙幣肖像も英世(幼名:清作)に先越されちゃってるし💦


 コレなんでか、わかる人います?

 多分……いないと思います。


 ……いえ、その筋では多分コレ有名な話ですよね。ここでは知らない人のために、軽くご説明申し上げます。(重ねて申し上げますが、ざっくりしてる上に信憑性も怪しいです。小話程度にお聞きください)



 ………………………………



 北里柴三郎という人は、明治8年……当時23歳の時に上京し東京医学校(現東京大学医学部)に入っています。その後、明治18年に当時、東大衛生局試験所所長を務めていた『緒方正規』の推薦にてドイツのベルリン大学に留学することになったんですね。

 緒方と北里は、熊本医学校時代は同期でもあったのですが、緒方の方が3年ほど先に入学していたので、北里が卒業する頃には緒方は上司の立場になっていたのですね。

 その後ドイツに留学し、北里はベルリン大学で、かの『細菌学の父』ローベルト・コッホに師事し精力的に研究を続けます。コッホ自身も北里の熱意を認め彼の研究を後押ししていたのですが、北里は3年という期限付きの留学予定であったため、やがて大学から異動命令が下されます。

 この時、北里は「未だ、道半ば」と言い異動命令を断ったんですね。……当然、国費で大学から派遣されてる身でそんな事できるわけも無いのですが、北里はなんとコッホ本人にも口添えを願うのですね。コッホも「北里の研究はいずれ人類に貢献せしむるもの」と同意し、北里のベルリン残留に同意してくれたのです。

 かくして北里はその後も、ものすごく熱心に研究を続け、明治22年、ついに『破傷風菌純粋培養法』を確立するのです。そして、翌明治23年には破傷風菌抗毒素の発見と、後にノーベル賞の対象となる『血清療法』の開発を成し遂げたのであります。

 これまでの医学的な発見や業績というのは、大抵が病原の特定や新事実の発見といった、単体での発見が殆どだったのです。

 彼の画期的で卓越したる点は、病原菌の特定とその病理機序、そして治療法までをもワンセットで発見、発明してしまったところに有るんですね。彼の信念のひとつである『実学』主義は既にここから始まっていたのです。

 ※この辺のくだりは、「亀の子シャーレ」で検索すると色々面白いお話が見られます。


 北里柴三郎は、その業績を称えられ欧米諸国の多くの大学から招聘される事となるます。ベルリン大学からも、ここに残り研究を続けることをコッホと共に勧められますが、北里は「我が本懐は、日本の脆弱な医療体制の改善と伝染病の脅威から日本国家国民を救うことであります」と、これらを固辞。その思いを胸に帰国することとなるのです。

 全世界で認められた功績を携え、前途洋々に見えた北里柴三郎の医学者人生でした。


 ──────が


 帰国後、彼を待ち受けていたのは……出迎える者など一人もいないという寂しい船旅の終焉、だったのです。


 ───このあたり、学歴が無いため自分を出迎えてくれる人などいない……と嘆いていたのに、帰国したら多くの歓待を受けた野口英世と対照的で興味深いですよね。


 実は北里は、ベルリン滞在中に日本で発表されていた『緒方正規』による『脚気菌』発見の報を受け、その内容に対して実験手法の不備などを指摘したりしてその論文に否定的な意見を出していたのですね。

 しかし、当時の立場としては緒方は北里の師匠であり上司でもあり、しかもドイツ留学に推薦してくれた当人で他ならぬ恩人でもあったのです。

 この所業を見た大学関係者、特に東京大学総長等からは「師弟の道を解せざる者である!」と激しく非難をされていたのです。



 当時はまだ封建的な上下関係が常識でもあり、留学先のドイツに代表される実績主義とは程遠い息苦しい世情もあってのことだったのでしょう。

 さらに北里は、ベルリン渡航前の在学中から教授らの論文へ意見や口出しすることも多く、鼻持ちならない人間であるとの評であり、元々大学側とは折り合いが悪く……そのせいで何度も留年したりしていたのです。


 北里への風当たりは相当に強く、帰国した彼には帰る椅子すら残されていなかったのです。

 これ以降、北里には母校はいうに及ばず国内の大学からも一切声がかからず、結果的にではありますがここが北里の運命の分岐点となり、生涯にわたって東大側とは対立関係が続いていくこととなるのです。


 ……実際には、緒方正規と北里柴三郎個人同士に関しては、旧知であり同郷でもあったため関係性はその後も良好であったらしいのですが、外野からすれば北里の姿は「身の程知らずで恩知らずな恥知らず」と映ったことでしょう。

 当時、東大以外で伝染病を研究できる場所は国内に無く、文字通り北里は研究者人生を絶たれる、という状況に置かれることになりました。


 ────しかしこの窮地に、颯爽と現れたのが、かの先代一万円札『福沢諭吉』である。


 ………私、千円札が柴三郎になると聞いて、ついに諭吉と柴三郎のタッグが紙幣上で復活! という熱い展開を期待していたのですが……誰やねん、渋沢栄一って。


 あぁ……見たかったなぁ、

 財布の中でキャッキャうふふする、

 ゆきちとしばさぶろう

 ……いえ、すみません。私、諭吉と柴三郎推しなので💦


 ……………話を戻そう。

 前途を絶たれたかに見えた北里でしたが、そのあまりに不条理な状況を見かねた福沢諭吉は、「北里のような知性をあたら無駄にするのは国家の恥である」として、私財を投じ自身の所有する土地(現在の芝公園とされる)に『私立伝染病研究所(通称:伝研)』を設立、その初代所長として北里を据えたのです。



 ………つづく

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