第16話



 ツグミが何も気にしなくても、私の方はツグミへの色んな感情でぐちゃぐちゃだった。



 かすみさんの存在が私の体を占めていけばいくほど、ツグミへの憎悪に似た気持ちも日に日に心で膨れ上がっていった。



 そしてそれを、ツグミとは違って私は思いっきり表に出していた。



 冷蔵庫からアイスを取り出す時、近くにいる私に「いる?」とツグミがついでに聞いてくれば、目も合わせず「いらない」と答え、脱ぐのが面倒くさそうなブーツを履いて出かけようとしたツグミが忘れ物に気づき、見るからに何も用がなさそうにふらふらと玄関前を横切る私に部屋から取ってきてほしいと頼んできても、「自分で行きなよ」と冷たくあしらった。



 ツグミもそんな私の態度にしばらくすると慣れたようで、上手くやり過ごしていた。





 ある夜、ごはんを食べた後、リビングでテレビを見ながらソファーにもたれるツグミの隣に座った。




 体勢を変えずにツグミはチラッと横を見て私の姿を確認した。でも、何の反応もしない。




「ツグミ、今は百々花さんと付き合ってるの?」



 ツグミはまた私を見てまた視線を反らす。そして何も言わない。



「かすみさんのことはもうなんとも思ってないの?」



 私は質問を変えた。



「……元々、かすみとは別に好きで付き合ってたわけじゃなかったから」



 この質問には返事が返ってきた。



「じゃあなんで付き合ったの?」

「付き合ってほしいって言われたから」



 ツグミは面倒くさそうに答えた。



「かすみさんは、多分まだツグミのことが好きだよ」



 私は口が裂けても口にしたくないことをツグミにぶつけた。するとツグミは大きく息を吸って、長いため息をついた。



「……いい加減に迷惑なんだよね、私にはもう別の相手がいるんだからさ」

「私はかすみさんが好き」

「そう」

「かすみさんの中のツグミを消す」

「私からもお願いするよ」



 それ以上話したくないのか、ツグミはそう言った後、見ていたはずのテレビを放置してソファーから立ち上がり、自分の部屋へと戻っていった。



 私はツグミの座っていた跡が残るソファーで、ツグミの見ていた『天体と物理の不思議』という教養番組を、1㎜も興味が湧かないまま最後まで見た。




 23時を過ぎて部屋に戻ると、緊張しながらかすみさんに電話をかけた。




 呼び出し音が3回鳴る前にかすみさんは出てくれた。



「もしもし?雨ちゃん?どうしたの?」

「…突然遅くにすみません…。あの、かすみさん、もう少しで誕生日ですよね?当日って会えますか?」

「前に一回言っただけなのに、覚えててくれたんだ!でももう少しって言ってもまだけっこう先だよ?」

「……大切な日だから早く知りくて」

「雨ちゃんは本当にかわいいね。実はね、私、雨ちゃんから誘ってくれたらなぁーって期待してたの」

「本当ですか!?」

「うん。だから、誘われなかったら

どうしようとか思ってた」



 電話先で笑うかすみさんの声だけで、強くなれた気がした。



「日曜日ですもんね!どっかデートしましょう!いつも家ばっかりだからたまには外で」

「うん、そうだね!楽しみだなぁー」

「私も…。どっか行きたいところとかあったら考えといて下さい。私もかすみさんが喜んでくれそうなこと、色々考えておきます!」

「うん!分かった。ありがどう」

「…あの、遅くに突然ごめんなさい…」

「ううん、初めて電話くれてすごく嬉しかったよ」

「…あの……じゃあ……また明後日に…。おやすみなさい…」

「うん!おやすみ、雨ちゃん」





 かすみさんの中のツグミはまだまだ大きいんだと思う。私よりもきっと…。





 でも、かすみさんはツグミじゃなくて、私と歩き出そうとしてくれてる。



 それに、かすみさんには酷だけど、ツグミはかすみさんのことをもう完全に過去のこととして片付けてる。




 だから私は、自分の進むべき道を進めばいい。






 かすみさんに続く道を……












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