第11話


 幼稚園の時、大好きな先生がいた。



 優しくていい匂いのする、えみ先生。



 えみ先生は私をよく可愛がってくれて「えみ先生が一番すき!」と私が言えば「先生も雨ちゃんが一番好きだよ!」とひまわりのような笑顔で返してくれた。



 幼稚園では友達と遊ぶよりもえみ先生といることのが多かった。勝手に手をつないで一日中ひっつき続けるしつこい私に、えみ先生は嫌な顔なんて一度もせずに、何度もかわいいと言ってくれた。



 ある時、幼稚園のお迎えに来たお母さんにたまたまツグミがついてきたことがあった。



 えみ先生は、私と双子のように似ているツグミに驚いて、ツグミに近寄るとその顔をまじまじと見て話しかけていた。



 ツグミは恥ずかしそうにうつ向いていたけど、優しくていい匂いのするえみ先生をすぐに気に入って、それからしょっちゅうお母さんにくっついてお迎えに来るようになった。



 学校が早く終わった日だったんだろうか、ある日、ツグミが一人で来たことがあった。



 えみ先生は、迎えに来たツグミを見るなり私とつないでいた手を離して



「一人で来たの?妹のためにえらいね」



と、ツグミの頭をなでた。



 そしてえみ先生は、私がその日一日の中で言われた数よりももっと多く、ツグミにかわいいと言った。あのひまわりのような笑顔をもっと輝かせて。



 間もなくして幼い私は、悲しい現実に気づいた。



 えみ先生の一番が、いつのまにか私ではなくツグミになっていたことに。





 中学の時もそうだ。





 中二の時、誰にも言えず、密かに想いを寄せていた女の子がいた。



 クラスの仲のいいグループの中の一人で、はるかちゃんという子だった。



 学校からの帰り道、話の流れで急きょ、グループみんなで私の家に遊びに来ることになった。



 それまでグループ内では個人的に特別仲がいいというわけではなかったけど、その日からはるかちゃんは、ちょくちょく私の家に遊びに行きたいと言うようになった。



 そんな時、彼女は誰のことも誘うことなく、必ず一人でやって来た。そうやって二人で遊ぶことがどんどん増えていき、必然的に私達はどんどん仲がよくなっていった。



 私は信じられない嬉しい気持ちで、いつもその時間を過ごしていた。



 ある日の放課後、二人きりの私の部屋ではるかちゃんは「真剣な話がある…」と、緊張と照れが混ざったような表情で言った。     



 よほど言いづらいのか、そこから言葉が全く出なくなってしまったはるかちゃんに私が



「気にしないでなんでも言っていいよ」



 と言うと、はるかちゃんはさらに顔を赤らめて恥ずかしがった。



 その姿を見た時、まさかはるかちゃんも私のことを…?と、私はほぼ確信に近いくらいに思い込んだ。



 だって、家に来る時のはるかちゃんは教室でみんなといる時とは違い、いつもどこかソワソワしていたから。私がそう考えても仕方なかった。



 それでもまだためらうはるかちゃんの代わりに、“私もずっと好きだった”と自分から告白しようと静かに覚悟した瞬間、はるかちゃんはスッと私に手紙を差し出してきた。



 「ツグミに渡してほしい」と言って。



 私は笑顔で了承し、それを受け取った。目的を果たしたはるかちゃんは早々に立ち上がり部屋を出て行くと、可愛らしい笑顔で手を振り帰って行った。



 私は部屋に戻るとベッドに寄りかかって座り、封の閉じていないその手紙を開いた。



 そこには、初めて出会った時の衝撃と、その日から抱いてきたツグミに対するはるかちゃんの抑えきれない想いが、長々と綴られていた。



 その夜私は、それまでの短い人生の中で一番泣いた。

 



++++++++++++++++++++++++++





「……今日はもう帰った方がいいよね…ごめんね、雨ちゃん」



 私は黙ったままだった。



 かすみさんはそんな私をベッドの上に残して、静かに部屋から出て行った。



 一人残された部屋で、かすかに聞こえる客人の耳障りな声にイラつきを覚えていた。




ガチャ……




「あれ?かすみもう帰ったの?」




 私がその声にゆっくりと顔を向けると、ツグミの後ろにはニコニコと笑う背の小さな女の子がいた。



「ほんとだー!すごい似てるー!」

「だからノックしろって言ってるじゃん!!」



 私は客人の存在に構わず、ツグミに怒鳴り散らした。



 その様子に場違いと悟った客人は、一人ツグミの部屋へと戻っていった。



「雨、どうしたの? かすみとなんかあったの?」



 こんな私を前にしてもひょうひょうとした態度を崩さないツグミが心底ムカついた。



「何もない」

「何があったの?」

「何もないって言ってるでしょ!もう私の邪魔しないでよ!なんでツグミなんかが私のお姉ちゃんなの!?ツグミなんかじゃなきゃよかったのに!」

「…雨……」






 今まで私がいくらクレームをつけても何一つ動じなかったのに、その日からツグミは私から距離を置くようになった。



 私はそんな珍しくしおらしいツグミの姿を見ても、可哀想だとは思わなかった。



 物心ついてから蓄積され続けた私の劣等感と妬みは、それくらいでは収まりはつかなかった。



 むしろ次から次へと、あれもあった!これもあった!と、虚しかった過去の記憶が呼び起こされ、何年越しかの仕返しのように、私は一切歩み寄ることはしなかった。



 ツグミへの憎しみを覚える時、同時に浮かぶのはかすみさんの姿だった。



 一度だけ触れた唇の感触はいつまで経っても取れなかった。



 ツグミへの憤りで苦しいのか、かすみさんへの叶わぬ想いで苦しいのか分からないまま、毎晩広いベッドの上、壁にくっついて泣き疲れて眠りについた。



 そうして見る夢の中にも二人はよく出てきた。



 別れたはずの二人なのに、その世界では今でも手をつなぎ、想い合って見つめ合って幸せそうに私の前でキスをする。




 私の夢の中のかすみさんまでツグミが盗っていくことが本当に気に入らなかった。













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