二人の関係

第5話


 家庭教師は週に二回、一日二時間でお願いしていた。



 でも、それ以外の日もかすみさんは

家へよく来た。



 ツグミに会いに。



 今まで私は、ツグミの友達が家に来ても挨拶なんて絶対に自分からすることはなかった。



 むしろ、出来る限り家に居ることがバレないようにその時間を過ごした。



 でも、かすみさんだけには違った。



 もちろん、家庭教師をお願いしている義理もあるけど、そうゆうことじゃなくて、私はかすみさんの顔が少しでも見たかった。少しでも話がしたかった。



 誰にも話せない思いも、私の偏差値じゃ言葉に変換出来ない複雑な感情も、かすみさんなら分かってくれる気がして、友達よりも心を許し始めていた。





 その日も玄関でかすみさんの声が聞こえると、私は部屋から飛び出して行った。



「かすみさん!こんにちは!」

「あっ!雨ちゃん。こんにちは」



 いつも通り優しく返してくれたかすみさんは、いつもと雰囲気が少し違っていた。



 夏だからと言えばそうかもしれないけど、いつもよりも露出が高めで、なんだか普段よりさらに大人っぽい気がした。



「外暑かったでしょ?」

「うん…オーブンの中にいるくらい暑かったよー」



 ツグミの他人事ひとごとのような淡白な質問に、かすみさんはサンダルのかかとのストラップを外しながら苦しそうな表情で答えた。



 少し前かがみになったその体勢と襟元の大きく開いたシャツを着ているせいで、私の位置からは胸の谷間どころか下着のレースまで見えてしまっている。



 いつもの服装では全然気づかなかったけど、初めて見るかすみさんの胸は、下着に無理矢理抑え込まれて可哀想なくらいの大きさがあった。



 その谷間に向かってゆっくりと首筋を流れ落ちてゆく一筋の汗から、私は目を離せなかった。


 

 ただそれだけで、体は夏の日差しにさらされたように熱くなっていった。



 自分でもはっきりと自覚するほど、あきらかに私はかすみさんに欲情していた…





 この日は朝から両親が旅行へ出掛けていって、この3日間はツグミと私、二人だけで留守番だった。



 だけど、それに合わせてツグミはかすみさんを呼んだようだ。どうやら今日は泊まっていく予定らしい。嬉しい気持ちに混じって、胸が痛むような、そんな感情がうずいた。





 夕方過ぎ、部屋で一人マンガを読んでいると扉がノックされた。





コンコン…






「雨ちゃん?いい?」






 その声を聞いた私は、急いで勢いよく扉を開けた。



 そこにはかすみさんと、その後ろにツグミがいた。



 一瞬でなんだかやりきれない気持ちになる。



「かすみがごはん作ってくれたから、一緒に食べようって」



 私の目の前にいるかすみさんを差し置いて、ツグミが淡々と話す。



「美味しいか分からないけど、よかったら雨ちゃんにも食べてもらいたいな」

「…ありがとうございます」



 私は部屋から出ると、複雑な気持ちで二人の後ろを歩きリビングまで行った。



  テーブルの上には見事な手料理が並んでいた。しかも、想像とは違って和食のおかずばかりで驚いた。



「これ、全部かすみさんが作ったんですか?」

「うん、田舎料理ばっかりで恥ずかしいけど…」

「そんなことないです!すごい美味しそうです!」



 包丁なんて握らなそうな綺麗な手なのに、こんな女子力を見せつけられて、私の心はまた一つかすみさんに奪われてしまった。



「喜んでくれて嬉しい。ツグちゃんなんか私の作った料理見て、おばあちゃんみたい…としか言ってくれないんだよ?ひどいよね?」

「別に悪い意味じゃないでしょ。それをひどいって言う方がひどくない?」



 ツグミがひねくれた言い訳をする。



「ツグミはほんとにデリカシーがないんですよ」

「わっ!さすが妹だね!ツグちゃんにそんなこと言えるの雨ちゃんだけだよ!」





 私たちは三人でテーブルを囲み、食事をした。かすみさんの料理は見た目だけでなく味も本当にすごく美味しくて、私は心からの本心で「おいしい!おいしい!」と何度も言葉にして食べていた。



 だけどかすみさんは、そんな私に「ありがとう」とお礼を言いながらも、手の込んだ料理を有り難みもなくただ黙々と口に運ぶだけのツグミのことばかりを見て、嬉しそうにしていた。



 食事を終えると、私たちはそのままトランプをして遊んだ。私と三人で遊びたいと、かすみさんが持ってきてくれたらしい。



 私は、私のいないところでかすみさんが私のことを考えていてくれたことを知って、少しだけ機嫌を直した。



 私としてはツグミが終始邪魔だったけど、それでもかすみさんとこうやって勉強以外のことで一緒に過ごせることが嬉しくて仕方がなかった。



 時計の針が23時を回った頃、あくびが止まらなくなったツグミが「そろそろ寝よっか」と言い出した。



 私はまだまだかすみさんと居たかったけど、私にはそんな権限はないので、後ろ髪をひかれる思いを隠しながら素直に席を立った。



 リビングを出て自分の部屋へと戻ろうとした時、



「おやすみ、雨ちゃん」



と、かすみさんは優しい声で言ってくれた。その笑顔だけで、今日はいい夢が見れそうだと思った。




 夜中、2時を過ぎた頃だった。



 かすみさんのいる空間に緊張していたせいか、部屋に戻るとすぐに眠りについてしまった私は、喉の乾きで起きると、水を飲むためにリビングへと向かった。



 電気をつけるのすらおっくうで、廊下の突き当たりにあるすりガラスから差し込むかすかな月明かりを頼りに、裸足で静かに歩いた。



 数歩歩いてリビングの入り口に着き、電気のスイッチに触れようとした時、私は衝撃的な場面を見てしまった。



 暗がりのリビング、半開きの冷蔵庫の光の前で、ツグミとかすみさんがキスをしていた…。



 夢中な二人は私の存在に全く気がついていない。



「…ツグちゃん…好き……大好きだよ…」



 かすみさんは息苦しそうに何度もそう繰り返した。



 清楚なかすみさんが出すあんな声を私は初めて聞いた。



 二人は何かを堪えきれないように、必死にお互いを求め合っていた。私はそのまま釘付けになって、動けなくなってしまった。



 視線の先で、ツグミの手が昼よりももっと肌を隠していない、かすみさんの薄いシャツの裾から中へと入っていくのを見た。



 腰から上へゆっくりと、かすみさんの肌の上をツグミの手が滑っていく音が聞こえてくる。



 かすみさんはもっときつくツグミに抱きつき、小さな声を出して体を震わせていた。



「…ツグちゃん……お願い…もっと触って……」




 ……もう見ていられなかった。




 私は物音を立てないようにそのまま後ろに下がって静かに立ち去ろうとした。




 その時、ツグミの首にしがみつくかすみさんがふっと視線を動かした。




 ……目が合ってしまった。




 私は焦って出そうになった声をなんとか止めて息を飲んだ。



 かすみさんはそんな私をうっとりとした瞳で見つめたまま、ツグミが与える快感に身を任せていた。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る