姉の彼女を好きになりました。

第4話

「こんにちはー！」

　それから数日後、かすみさんがやって来た。今日からお願いした、家庭教師の始まり。

　私がその声を聞いて部屋から迎えに

出ると、そこにはすでにツグミとお母さんがいた。

「これ、お土産です！」

「あらやだ、こっちがお願いしてるのにこんなものまで気を使わないで！」

　お母さんの影から顔を出すと

「あ、雨ちゃん！今日からよろしくね」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

　かすみさんが優しい笑顔を向けてくれた。

「かすみちゃん、今お茶持ってくからね！」

「すいません、ありがとうございます」

「ツーちゃんも一緒に教えてあげるの？」

　お母さんがそう言った瞬間、私はムッとした顔をしてしまった。それを察したのか、かすみさんは

「ツグちゃんが見てたら私、やりづらいなぁ…ツグちゃんのが私より優秀だし！」

　と、フォローするようにツグミを

拒んでくれた。

「そもそも参加するつもりなんかないって。今日は、かすみは雨の為に来たんだから、私には関係ないよ」

　そう言って、ツグミは部屋に戻って行った。かすみさんは、そんなツグミの後ろ姿を少し寂しそうに見ていた。

　部屋に入って机に向かい、早速授業が始まった。教師の勉強をしたいというから、すぶのど素人と思いきや、かすみさんは慣れた様子で二人だけの授業を進めていく。

「…なんか、私を練習代にしなくても

かすみさんもう先生ですね…」

「そんなことないよ！ …って、雨ちゃん、見抜くね。実はね私、一年の時家庭教師のバイトしてたの」

「そうなんですか」

「だから、多少はね。でも全然だよ？もうかなり前だし、教え方とか上手くないし…」

「そんなことないです。私、学校の授業って何言ってんのかさっぱりだけど、かすみさんの言ってることは本当にびっくりするくらい解りやすいです」

「ほんと？そう言ってもらえると嬉しいな」

　かすみさんはそう言いながら、自分の座ってる椅子を少し私に近づけた。

　その瞬間、かすみさんから人工的な香水とかじゃない、かすみさん自体の香りがした。

　馬鹿な私には説明が出来ないけど、花からも果物からも作れない、きっとかすみさんからしか放たれない香りだということだけは分かった。

　私はなぜかその香りに異様にドキッとしてしまい、そこからかすみさんの方を一切見れなくなってしまった。

　なんでだろう…自分でも分からなかった。

　私の視界に入っているのは、机の上に乗っているかすみさんの右手だけ。

　せっかく顔を見ることを避けたのに、今度はその透き通るような白い指のせいで、胸の鼓動が更に高鳴った。

「雨ちゃんて…好きな子いるの？」

　突然、かすみさんが私の顔を覗き込むようにして聞いてきた。

「え！？」

　唐突に突きつけられた質問に、一気に動揺が出る。

「共学でしょ？」

「そ、そうだけど…別にいません、そんなの」

「そっかぁ…青春真っ只中なのにもったいないね」

「…かすみさんは……？」

　私が緊張しながら聞き返すと、かすみさんは真剣な目をして私を見つめた。

「私はいるよ？」

　その答えを待つ間にも、聞こえてしまいそうなほど私の胸の奥から音が響く。

「私の好きな人はね……ツグちゃん」

「えっ……」

「なーんてね！冗談だよ！びっくりした？」

「ま、まぁ………」

「雨ちゃんて素直でかわいいなぁ！もう！」

　はしゃいで笑うかすみさんは、まるで触れてはいけないもののように美しかった。

「かすみさんて、そんな冗談とか言うんですね…」

平然を装ってそう返すと

「でも、あながち冗談ではないかな」

　窓から見える庭の木を眺めながら

かすみさんが言った。その横顔を横目でチラッと見る。

「冗談じゃないって…？」

「だって、私、本当にツグちゃん好きだから」

その一言は、私の心臓を握り潰すように締めつけた。

「ツグちゃんて、かっこいいんだもん。大学でもすごい人気なんだよ！特に女の子から。常にツグちゃんの隣の取り合いっていうか…。私も去年までは見てるだけの存在だったから、今こうして家に遊びに来させてもらったり、妹の雨ちゃんの家庭教師させてもらえてるなんて、夢みたいなの」

「そうなんですか…」

　不自然なほどにテンションの低い私にかすみさんは戸惑いを見せた。

「…雨ちゃん？どうしたの？」

「……いえ、何も」

　かすみさんの言っていることは、どこまでが本当でどこまでが冗談なのかよく分からなかった。

　でも、かすみさんの口からツグミの話が出るだけでも、私は面白くなかった。

　そんなことを知らないかすみさんは

、その面白くない話をまだ続ける。

「私ね、もちろん中身は当たり前だけど、ツグちゃんの顔も本当に好きなの」

「顔ですか…」

「そう、だから雨ちゃんに初めて会った時も私、すっごいテンションあがっちゃった。すっごくツボで、すっごくかわいいんだもん！」

「…もしかしてかすみさん、女の子が好きなんじゃないですか…？」

　私は探りながら、半分本気で半分ふざけた調子で聞いた。

「えー？」

　その質問に否定も肯定もせず、かすみさんは綺麗に笑うだけだった。