第2話 ステータスオープン

 少年はそう呟くと再度、朱里の胸元に顔を埋めて匂いを嗅ぎ始めた。

 動揺が抜ければ後に残るのは怒りだ。 朱里は少年の襟首を掴もうとしたが上半身がほぼ裸だったので肩を掴んで引き剥がそうとしたが離れない。 


 「い・い・か・げ・ん・に! 離れなさい!」


 強くそういうと少年はピタリと動きを止め、ゆっくりと名残惜しそうに身を離した。

 少年が一歩下がった事で見つめ合う形になり、その顔をじっと見る。

 特別整っていないが、崩れている訳でもない平凡な顔立ち。 いきなり抱き着かれたという事がなければしばらくすれば忘れてしまいそうなほど特徴をあまり感じられなかった。


 恐らく道ですれ違えば数秒で記憶から消える。 それぐらいに印象が薄い。 

 

 「失礼しました。 ここ数年、焦がれていた匂いに出会えたもので我を忘れてしまいました。 申し訳ありません」


 少年はそう言って深く頭を下げる。 

 その丁寧な口調と深々と下げられた頭に周囲の状況もあって一先ずは流す事にした。


 「……分かった。 今後はしないでね」

 「分かりました。 抱き着くのは許可を頂いてからにします」

 「あの、まだ抱き着くつもりなの?」

 「無許可でやったので怒っているのでは?」

 「……そういう問題じゃ――もういいわ」


 変な奴よりも対処するべき案件がある。 振り返ると魔法陣の外で動きがあった。

 全身鎧やローブ達が道を開ける。 現れたのはいかにもといった王様だ。

 宝石などが散りばめられた豪奢な服、キラキラした王冠、そして巨大な宝石の嵌まった王錫。


 傍らには西洋風の顔立ちが良く目立つ美しい少女。 身なりから王女か何かかもしれない。

  

 「静まれ異邦の地から来た者達よ!」 


 王らしき男が一喝。 するとその場にいた全ての者全てが沈黙する。 


 「このような状況となって困惑しているであろうがまずは我々の話を聞いてもらおう」


 ――なんだこいつは?


 状況から見て朱里達をこの場に連れて来たのはここにいる者達で間違いないだろう。

 足元の魔法陣といいコスプレの割にはクオリティの高い衣装。 いや、小道具にしては出来が良すぎる。 まさかとは思うが本物――


 「我が名はジョルジュ・ル・オートゥイユⅣ世。 このオートゥイユ王国の国王である。 そしてお前達を召喚し、使役する主である」


 朱里の困惑を他所に話は勝手に進んでいく。 王様っぽい服装をした男は王を自称し、朱里達を召喚したと堂々と言い放った。 正直、この時点で消化しきれないぐらいの情報量だ。

 召喚、使役。 日常でまず扱わないが、意味は理解できる単語の羅列。

 

 それを常識を無視してそのまま飲み込むとこの連中は自分達を全く異なる場所から呼び出した事になる。 そんな魔法みたいな事が可能なのだろうか?

 いや、まさかとは思うが本当に魔法が存在するファンタジーなのか? 


 状況はそうだと言っているが朱里の常識がそれを許容できずに混乱が深まる。

 

 「ふむ、やはりいきなり言っても信じぬか。 ならばこうすれば信じるのではないか? 念じてみよ。 自らの状態を知りたい――いや、お前達のような者ならこう念じよ『ステータス』と」


 朱里はなんだよそれはと思いながら言われた通りに念じると脳裏に情報が浮かび上がる。


 古藤 朱里 Lv.1

 VIT 100(+130)

 STR 10(+3)

 DEF 10(+3)

 INT  10(+3)

 DEX 10(+3)

 AGI  10(+3)

 

 Skill

 身体能力強化(中)、危険察知、魔法抵抗(大)

 言語理解、星運神の加護、幸運上昇(中)


 ――とこんな感じの内容だった。

 上からVITはバイタリティの略で生命力を示しているようだ。

 STRはストレングス、筋力。 DEFはディフェンス、防御。

 INTはインテリジェンス、知力。 DEXはデクステリティ、器用。

 AGIはアジリティはそれぞれ素早さとなる。

 

 最後のスキルに記載されている身体能力強化(中)は全ステータス30%上昇。

 危険察知は命の危険を察知する事ができるらしい。

 魔法抵抗(大)は魔法に対する防御、抵抗が50%上昇。

 言語理解は見たままで言葉の壁を無視する事ができる。


 だが、最後の二つがよく分からなかった。

 星運神の加護――星と運命を司る神の加護で幸運が上がるとの事なのだが、このステータスを見る限り幸運の数値がない。 幸運上昇(中)が加護の結果、得られたものだろう。


 数値がない以上、意味がないと思われるが、VITの数値が上昇しているので恐らくはこちらに反映されたとみていい。 

 朱里と同じように他の者達も試したようで各々、驚いた表情を浮かべていた。

 

 中には「これって高いのか?」と首を捻る者もいた。

 その点は朱里も同意で比較対象がないので高いのか低いのかさっぱり分からない。

 

 ――というかこの数字と単語の羅列は一体何の意味があるのだろうか?


 今の自分の筋力などを数値化した物?

 朱里は腕力や筋力には欠片も自信がないが、足はそこそこ速いと思っているので素早さと筋力の数値が同じ事に納得がいかなかった。 それ以前に器用と知力は何を以って数値化しているのかも理解できない。


 「場所を変える。 詳しい話はそこでしてやろう」


 そう言うと国王を名乗る男は娘を伴って踵を返す。 朱里達は周囲の全身鎧達に促されて移動する。

 部屋から廊下に出ると真っ赤な絨毯に大理石か何かを使っているのかピッカピカの壁や天井。

 等間隔に並ぶ壺や絵画。 金を持っています感が凄いなと思いつつも黙って歩く。


 他も黙っている者が多いが、ひそひそと小声で喋っている者も数名居た。

 さっきの少年は何故か朱里の背後を歩いている。 

 なんか嫌だなぁと思いながら無駄に長い廊下を歩き、広い部屋に通された。


 この建物、空間の使い方どうなってるんだよと思いながらぐるりと見回すと廊下と同じで金がかかっているであろう美術品とピラミッドみたいな台に頂点には玉座。

 王がそこに座り、娘がその傍らに立つ。 国王が隣の娘に何事かを囁くと、小さく頷き前に出る。


 「では、皆様。 ここからはこの私、オートゥイユ王国第一王女、ミュリエル・ド・オートゥイユがご説明させていただきます」


 国王と同じように装飾過多のドレスは豪奢よりもバランスが悪いと朱里には見えてしまいなんか疲れそうな服装といった感想を抱いたが、説明が始まったので話に意識を集中した。

 まず、朱里達が召喚された理由。 それは勇者として国難に立ち向かう為。


 国難とは何か? それは多岐に渡り、国の防衛――要は他国からの侵略を防ぐ為の抑止力に始まり、魔獣と呼ばれる野生動物による被害を防ぐ事。 その他、異世界の知識を用いた事業などだ。

 そこまで聞いて朱里が思った事は一つだった。


 ――これ、異世界から人を呼ぶ必要ある?

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