ホワイトローズ・ニルヴァーナ

二月ほづみ

一 マーゴット


 東へ向かう道中、すれ違う車はまばらだった。

 深夜も三時を過ぎている。慌てて城を出てきたせいで忘れていた眠気が戻ってくるのを感じながら、マーゴットは、右隣に座るエリンを見上げた。

 時折流れる、青白い道路灯の明かりを受ける度、黒い衣の縁が光る。ピクリとも動かないので眠っているのかと思ったけれど、窓の方を向いた彼を覗き込むと目は開いていて、しかし、彼女に気付かない。

 珍しいことだなと思うと同時に、無理からぬことだと思い至る。

 自分たちは今、彼の兄――セルジュ・カスタニエ公爵危篤の報を受けて、夜道を急いでいるのだから。



(エリン、大丈夫かしら)


 心配な気持ちを、しかしマーゴットは口にはしなかった。彼女にはわかる。大丈夫かと問えば、大丈夫と答えるに決まっているのだ。

 エリンがカスタニエ家の出であり、現当主セルジュの弟であるということを知ったのは、二十歳を過ぎてからのことだ。長い間、彼は決して自分の出自や家族について話そうとはしなかった。

 今でも、普段のエリンが兄のことを口にすることはない。今日だって、ゲオルグがほとんど無理矢理に連れ出したから渋々同行したものの、はじめは自分ではなくジェラルドを供に付けようとしたのだ。


 カスタニエ公爵の病は重く、もう長くないと聞かされている。

 マーゴットは黙ったまま、エリンの整った横顔を見つめていた。

 彼が悲しい思いをするのは辛い。エリンにとって、カスタニエ公爵はほとんど顔を合わせることもなかった人。だったら、最初に彼がそうしようとしたように、会わないでいる方が楽だったのではないのか。


(だけど……)


 身勝手な思考を止めて、顔を上げる。

 向かいに座ったゲオルグは、車内に持ち込んだ通信端末で熱心に何か読んでいたが、すぐに娘の視線を感じたらしく、手を止めて微笑んだ。


「起きていたのかい、マロゥ。疲れているだろう、レーゼクネに着くのは夜明け前になるからね、少し眠った方がいい」


「そうしようと思っていたのですけれど、なんだか、眠れなくて」


「……ドレスで車内では落ち着けないか。すまないね」


 口先だけはいつもの父だったが、実のところ今夜の彼は様子が変だ。なぜか、そわそわと落ち着かないように見えた。


 晩餐の前に知らせを受け、即見舞いに行くと決めたのはゲオルグだった。驚くべきスピードで諸々の支度をさせて、自分は行かないと言い張るエリンを説き伏せ――こうして今、深夜の道路をひたすら東へ、三人でレーゼクネのカスタニエ家へ向かっている。


「お父様……カスタニエ公爵とは親しくていらっしゃった?」


 そんな話は聞いたことがないのだが、あえて尋ねてみる。


「え? ああ、どうかな。友人という感じでは、ないと思うけど……彼は社交界嫌い

であまり会うこともなかったしね」


 マーゴットの認識とだいたい同じような返答である。

 立場上大勢の貴族と交流のあるゲオルグだが、マーゴットが知る限り、カスタニエ公爵だけでなく、誰かと特に親しいようなことはないはずだ。


「ずっと以前からご病気でいらしたの?」


「そうらしい」


「突然お見舞いに伺って、ご迷惑ではないかしら」


「家令には連絡したし、平気だよ」


「そう……でも、お父様がどなたかのお見舞いなんて、珍しいわ」


「今回は、特別さ」


 ゲオルグはそう言って、やはりどこかおかしな様子で、深くため息をつくのだった。

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