第18話 お別れ遠足

 三学期も終わりが見え始めて、お別れ遠足の日が来た。


 みんな校庭に集まって、先生が話し始めるのを待っている。


 今日は動きやすい服装でということで、いつもの制服とは違って、みんな私服で登校している。


 低学年から高学年までの生徒が校庭に並んだ。

 こういう景色は全校集会でも見るけれど、皆が私服だといつもと違う感覚が大きくなってわくわくする。


 先生が前に立って、水色の錆びた台の上に乗って何か話し始めた。


 だけど誰もが浮足立っていて、その話をまじめに聞いている生徒は少ない。


 私も私でその一人だ。前に座っている朱里の背中を突いて声をかける。


「学校で私服って、なんか変な感じがするね」

「そうだね」


 低学年から高学年まで集められたのは、この遠足が下の学年の子たちが、私たちを送るというコンセプトのものだからだ。


 行き先は少し歩いた先にある市立公園。菜の花がきれいに咲いているという。


 そこまで私たちは歩いて行くのだが、低学年の子たちと一緒に行くということもあって、私たち高学年は彼女らの手を引いて行くことになっている。


 隣に低学年の子がついて、私たちに割り当てられていく。


 その子に声をかけようとして、気づく。


「あれ、実里ちゃん?」

「お、アキちゃんじゃんっ」


 私の隣には、実里ちゃんがいた。

 考えてみれば、不思議なことではない。

 割り当てが決まるのは名簿順だから、実里ちゃんの苗字である三上と、私の苗字である吉井とが、ペアになる可能性は十分にある。


 その実里ちゃんの声を聞いて、私の前にいた朱里が振り返る。


「実里?」

「おねーちゃんも一緒だったんだー」

「そうだよ。あんたはアキとペアなの? よかったね」


 実里ちゃんは、うん、よかったーと言って笑った。


 一方朱里はと言うと、割り当てられたペアの子にたどたどしく挨拶をしていて、その人見知りを遺憾なく発揮している。

 実里ちゃんと同い年の子なのだから緊張することなんてないのに、朱里は敬語で話している。


「私、羽野沙耶っていいます。よろしくお願いします」

「えっと、私は、三上朱里です。よろしくお願いします」

「おねーちゃん固すぎ。沙耶ちゃん優しいから、大丈夫だよ」


 実里ちゃんと沙耶ちゃんは仲がいいらしい。

 見た感じ沙耶ちゃんも人見知りっぽい感じだから、朱里と気が合いそうにも感じるけれど。


「うるさい」


 人見知り同士だから、仲良くなるなるまでは時間がかかるのかもしれない。




 

 引率の先生たちの話が終わって、私たちは市立公園へと歩き出した。


 私は実里ちゃんと手をつなぐ。

 朱里は沙耶ちゃんと。


 その公園までは歩いて一時間弱程だ。歩いて行くような距離ではないけれど、歩けないような距離でもない。


 私たちの前では、私たちの担任の先生と実里ちゃんの学級の担任の先生が、仲良さげに話していた。


 先生のそういう一面は新鮮だった。

 時折前を歩く生徒が先生に話しかけて、先生はそれに笑顔で応じている。

 良く晴れた天気だ。風もなく、歩きやすい。


 こうやっておしゃべりしながら歩いていたらすぐに着くだろう。


 市立公園までの道は綺麗に舗装されていて、私たち大所帯が広がって歩いても、一応は問題ないくらいの幅がある。

 途中までは通学路で通っている道で、そこから道が逸れて、そこからまっすぐな道が続く。


「おねーちゃんたち卒業するの?」

「そうだよ」


 道すがら、実里ちゃんの質問に私は答える。

 すると、繋いでいる手の平に少し、くっと力が入ったような気がした。


「中学校に行ったら、もうアキちゃんと遊べない?」

「そんなことないよ。今と全くかわんないよ」


 私は実里ちゃんの手を強く握り返して言った。


 そして微笑んで彼女の顔を見た。「わかった?」

「わかった。いっぱい遊ぼうね」

「もちろんだよ。ていうか、朱里、実里ちゃんと遊んであげなよ」

「遊んでるよ」


 朱里は不満げな口調で振り向いた。

 だけどその口調は心なしか柔らかくて、表情もいつもより明るかった。

 手にはしっかり沙耶ちゃんの手が握られている。


「ほんとかなー」


 市立公園には、私は数えるほどしか行ったことがない。

 家族で昔行った気がするけれど、私はほとんど車の後部座席で寝てしまっていたから、それまでの道のりはほとんど覚えていない。


「せんせーい。あと何分くらいで着きますか?」


 私は先頭にいる先生に向けて少し大きな声を出す。


「んー。もう着くよー」

「わかりましたー」


 こんな陽気じゃ、わけもなく大きな声を出したくなる。

 先生に聞いた時よりも少し小さいくらいの声量で、朱里に言う。

「朱里、もうすぐ着くってよ」

「聞こえてたよ」

 朱里は鬱陶し気に眉を寄せたけど、どこか楽しそうだった。




 

 市立公園に着くと、先生たちからお昼まで自由行動の旨が告げられた。


 今は大体十時半と言ったところだから、大体二時間自由行動である。

 昼食を食べた後はクラスの皆で、市立公園の真ん中にある大型遊具施設で遊ぶことになっている。


 お別れ遠足と言っても、学校単位で遊ぶことはないらしい。


「じゃ、一旦ここでお別れだね」私は実里ちゃんと沙耶ちゃんに言った。「どうせ帰りはまた一緒だし」

「うん、ばいばーい」


 実里ちゃんはそう言って手を振って、沙耶ちゃんはこくりと頷いてほかの友達と合流した。


 私は朱里に「じゃあ、歩こうか」と告げる。

「うん、行こう」


 人口の滝をくぐる。

 石畳にぶつかって跳ねた水飛沫が、顔にかかって心地いい。

 そしてそこから少し歩くと、視界を一面の黄色の花畑が埋め尽くした。


「わあ」と、隣の朱里が呟く。「綺麗だね」

「そうだね」


 私は朱里の横顔を盗み見て頷いた。

 今日の彼女は、それこそ花が綻ぶように笑う。

 これだけ天気が良くて、景色もよければ、そうなってしまうのも無理はないかもしれない。


「朱里、今日なんか機嫌良いね」

「そう? いつもどおりじゃん。てか、いつも機嫌悪いみたいな言い方しないでよ」

「してないよ」私は言って笑う。「でも実際機嫌良いでしょ」


 私の質問には答えないまま、朱里は花畑の方まで小走りで近づく。

 朱里は手を後ろに組んで、花々を見つめながら踊るように歩く。


 やっぱりご機嫌じゃないか。


「そろそろ終わりだからさ、楽しまないと」


 彼女の傍らに立って、一緒に花々を眺めていると、聞き取れないくらいの声量で朱里は言った。


 私は、その終わりという言葉の意味が上手く汲み取れなかった。

 それが具体的に何をさしているのかわからない。

 卒業のことを終わりと言っているのかもしれないけれど、なんだかしっくりこなかった。

 だけど、朱里が楽しまないとと思ってくれているのは純粋に嬉しかったから、私も「そうだね」と言ってうなずいた。


「楽しまないとね」


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