第26話 誓約

 美月と付き合い始めて3日目の昼休み、昨日同様、美月と友人の女子三人を交えて昼食を頂いていた。もちろん俺が箸を付けているのは美月お手製の弁当である。

 弁当箱が女性用なこともあり、中3男子としては量的な物足りなさは否めないものの、色とりどりの食材を使った栄養バランスに気遣った弁当は、見栄えや味もさることながら心にも響く満足の行くものだった。


「ご馳走様でした。今日も美味しかったです」

「お粗末様でした。そう言って貰えて嬉しいです。また明日も作ってきて良い?」

「もちろんだよ。君さえ良ければ、毎日でもお願いしたいくらいだ」

「良かった。2回も食べればもう十分だって言われるかもってドキドキしちゃった」


 胸に手を当てて笑みを浮かべる美月。ほっとした様子を装ったつもりかもしれないけれど、その笑顔を見れば最初から憂いなど無いことが丸分かりだ。


「ホントはそんなこと言われるわけ無いって思ってたよね」

「ふふ、実はそう思ってた。陽翔は優しいから、そんなこと言うわけ無いものね」

「あ、そういうこと? こんなに美味しい弁当を作れるくらいだから、てっきり料理の腕前に自信が有るからだと思ったんだけど」

「え? う、うん…、自信は有るけど…、あの…、そんなに美味しかった?」


 美月が頬を桜色に染めて上目遣いで尋ねてきた。学校一の美少女にこんな表情を見せられて黙っていられるわけが無い。しかも俺は彼氏なのだ。誰に遠慮がいるだろうか。


「うん、とっても。こんなに早く胃袋を掴まれちゃうとは思わなかったよ」


 ほんのり色付いた頬に手を伸ばして優しく触れると、美月はピシリと表情を硬くする。けれどそれも一瞬のこと、彼女はふにゃりと相好を崩した。


「もう、陽翔ったら…、でも、嬉しい♪」

「俺も、美月の笑顔が見られて嬉しいよ」


 俺が瞳を見つめて頬をやんわりと撫でると、美月は気持ち良さそうに瞳を細めた。


 ブブ…、ブブ…、ブブ…


 お互いの温もりに浸ること暫し、マナーモードにしてあった美月のスマホが振動した。どうやらメッセージを受信したようだ。


「え? 奈緒からって…」


 送信者を確認した美月がスマホから視線を上げて目を丸くした。ちなみに『奈緒』とは一緒に食事をしていた女子三人のうちの一人、さかき奈緒なおのことだ。

 どうしたのかと美月の視線を追うと…


「あれ? 三人ともいつの間にいなくなったんだろう…。ってか、人っ子ひとりいない?!」

「ふえっ?! 一体何がどうしちゃったの?!」


 周りを見れば女子三人だけでなく、クラスメイトが全員いなくなっていた。なんと、この教室にいるのは俺と美月だけ、つまりは貸切状態となっているのだ。

 二人でパニックになりかけたところに、再び美月のスマホが振動した。今度は榊からの音声通話だ。美月は急いで通話ボタンを押した。


「奈緒?! みんなどうしていなくなったの?!」

『お、出たってことは、イチャイチャは終わったってことかな?』

「え、イチャイチャってどういう…」

『だって、二人ともお弁当食べてる途中で熱々モードに入っちゃったから、みんな熱波にやられる前に避難したんだよ』

「えーっ?! 何でそんなことになっちゃうわけ?!」

『いや、それこっちのセリフ。取り敢えず今から戻るね(プツッ、ツー、ツー…)』


 通話を終えた途端、美月はガックリと項垂れてしまった。どうも俺たちの熱々振りが昨日の状態を遥かに超えていたらしい。

 俺たちはこの後、戻ってきたクラスメイトたちの前で、控えめにすることを誓約させられた。果たしてどの程度までなら許されるのか、何とも難しい判断を迫られることになったのである。


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