第25話 痕跡

「じゃあね、美月、また明日」

「うん、陽翔、また明日」


 玄関のドアがゆっくりと閉じられ、やがて陽翔の姿が見えなくなった。私は閉じられたドアをロックして、既に立ち去っているはずの彼の名を口にした。


「陽翔…」


 ただ名前を呼んだだけなのに、胸の奥が急激に熱を帯びる。愛おしさがとめどなく溢れてくる。


「(これって、恋なんだろうか…)」


 私は身体中がじんわりと温かくなるのを感じながら、開かれることのないドアをしばらく見つめていた。




 自室に戻ってベッドに腰を下ろした。ついさっきまでここで彼と肌を合わせていたのかと思うと、またしても胸が熱くなる。

 きちんと話すことが出来てから1日しか経っていないと言うのに、私はすっかり彼に心を許していた。こんな気持ちになったのは生まれて初めてだと思う。


「(ホントに不思議…)」


 初めて彼を意識したのは、二人揃ってクラスの学級委員に選出された時だった。それまでの私は男子が近くにいるだけで心がざわつき不快感を覚えていたのに、彼には何も感じなかったのだ。

 戸惑った私は彼が声を掛けてくれたのにもかかわらず、咄嗟にそっぽを向いてしまった。その時彼が見せた困り顔が今でも忘れられない。


「(あれで、またいつもどおりかと思ったのになあ)」


 こちらが不快感を示せば、相手の態度が硬化するのは当然のこと。実際、私はそれを何度も経験している。けれど、彼はそうならなかった。

 お互いに言葉を交わすことは無かったけれど、学級委員としての活動中、彼は嫌な顔ひとつせずに私と一緒に仕事をしてくれたのだ。

 いつの頃からか、私は彼に興味を持つようになっていた。そしてその気持ちは日を追うごとに強くなっていった。


「(やっぱり、恋、なのかな…)」


 男性にプラスの感情を持てない私は恋をしたことがない。それどころか、そもそも恋についてほとんど考えたことがなかった。触れる機会があったとすれば、小説の中くらいだろうか。

 そこまで考えて、ふと気が付いた。


「(私、陽翔と一緒にいても、ドキドキしない)」


 小説の中の女の子は皆、好きな人の前でドキドキしたり、胸を焦がしたり、素直になれなかったりしているけど、彼に接する時の私は全て真逆なのだ。

 そうすると、私のこの想いは何なのだろう。それからしばらく頭を捻ってみたけれど、答えは得られそうにない。

 よくよく考えてみれば、小説中の女の子たちも自分の想いに名前を付けられずに思い悩むことがあるくらいなのだ、私に分からなくても仕方ない、一旦頭を切り替えよう。


 私は思考することを諦めて、座っているベッドの上に視線を移した。目に入ってきたのは陽翔と想いを交わした痕跡。


「(取り敢えず、お母さんが帰ってくる前にシーツを洗っちゃわなくちゃ)」


 私は跡が残るシーツをベッドから引き剥がし、早足にランドリースペースへ向かったのだった。


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