第21話 失言


「リトリシエ様と2曲踊った.......?!」


「そんなに驚くことか?」


「そりゃあ驚きますとも。」


カイルはオーバーな仕草でその驚きを体現していた。僕とリトリシエが2曲踊ったということは貴族間で話題になったらしい。だがそれも仕方がない。なにせ、2曲踊るというのは、あなたを独占したい、という意味だ。政略結婚でもなければ、恋愛結婚でもなかった僕たちは、ずっと噂されてきていたのだ。今回の夜会で、恋愛結婚だったのではと囁かれている。


だが、僕にとって、問題はそれではない。


彼女の夢を僕も見た。


彼女は国の聖女だ。国民から好かれ、愛されていると思っていた。だが、そうではなく、畏怖の目で見られていた。買い物も、話も、誰とも出来なかったようだ。聖女は高貴な人だから、と。彼女も別に聖女になりたかったわけではないだろう。力が強いから、聖女になった。きっとあの生活は苦痛だったんだろうな...。


『私を置いていかないで.....。』


彼女の夢で聞いた、苦しそうな声が僕の頭から離れない。僕が、少しでも彼女に寄り添えたらいいなと、心の底から思った。


「あの、スレン様、そろそろ執務室に戻りません...?」


「却下だ。お前1人で帰れ。」


「スレン様ひどい!!!」


「お前が煩いんだよ」


カイルに退室を促しながら僕は自分の手と繋がれている、小さな手を見つめる。少しひんやりとしたその手は、少し握りしめただけで壊れてしまいそうなほど、小さく、繊細だった。


彼女の夢を見てしまってから、目覚めた時に1人だったら寂しいかな、なんて思い、ずっとここに居ることにした。一応婚約者だから、看病していたと言えば問題はないだろう。


しばらく彼女の寝顔を見つめ、堪能していると、彼女の頬を一粒の涙が伝った。見ているこっちも悲しくなる。この人のことをもっと愛していこうと心に誓い、その頬に口付けた。





―――――――――


「スレン様、失礼いたします!」


「君は.....リトリシエの侍女のセレーナか。」


「はい!!実はスレン様にお願いがあって参りました。」


彼女からお願いは実に素晴らしいものだった。




お忍びデート、ちょっと憧れてたんだよなー。なんて思いながら、向かい側に座るリトリシエに目をやる。彼女は今日も寒色のドレスを着ていた。絶対暖色も似合うのになぁ.....。よし、今日はドレスも買おう。



―――――――――


セレーナに提案されたカフェは僕が事前に席を取らせていたため、1番綺麗な、窓際の席へ案内された。

身分が高くて良かったなと思った瞬間でもある。


スイーツが運ばれて来ると、リトリシエが瞳を輝かせ、満面の笑みを浮かべる。世界一可愛いな。そう思い見つめていると、彼女は僕の視線に気がついたようだ。すぐに口角を下げ、目を伏せて言った。


「こ、コホン。とても、素敵ですね、」


これは.......。中身が別人だとバレないように、冷たく接しようとしているのだろうか.....。よく見ると、彼女の口の端はぴくぴくと動いている。きっと必死なんだろうな、そう思うと何だか可愛いなと思い、思わず笑ってしまった。

そう、笑ってしまったのだ。


周りでスイーツを楽しんでいた令嬢はみなこっちを見てザワついている。

身分が高いというのはめんどくさいなと思った瞬間だった。



―――――――――


最後に彼女を連れていきたい場所があったため、寄り道をさせてもらった。日が沈みかけている今の時間が1番いいのだ。僕が向かっているのは、少し高台になっていて、街を上から一望できる場所だった。幼い頃、勉強が嫌で家を飛び出して、来る先がここだった。いつか、大切な人が出来たら、一緒にここへ来たいなと思っていた。


しっかりと握りしめられた手から、彼女がとても喜んでいるのが伝わってきて、とても嬉しい気持ちになった。




―――――――――


屋敷に着いてからも、不思議と疲れはなかった。少し公務を終わらせてから寝ようと思い執務室に向かう。

いつも通り、カイルも一緒だ。


「カイル、海に行こう。」


「は?俺と2人っきりですか?嫌ですよ」


「ふざけてるのか?リトリシエと僕だよ」


「あ、惚気ですか」


「それも違う。」


実は僕も、海には1度しか行ったことがない。海の近くで生まれ育ったと言っていたカイルに話を聞くのが1番いいだろう。そう思っただけだ。


そして、リトリシエとの旅行のプランを少し立てていこうと思った。


「てかスレン様はハンカチくれる相手がいるんですもんねー。はぁ、羨ましい。」


ハンカチ.........?彼の言葉で、1週間後に控える大きなイベントを思い出した。


リトリシエが刺繍してくれたハンカチ。絶対欲しい。




―――――――――


一悶着あったが、なんとかハンカチを貰うことが出来た。しかもその上、愛称で呼ぶ権利も手に入れたのだ。嬉しすぎる。生きていてよかったとさえ思った。僕はとても浮かれていた。それはそれは、もうめちゃめちゃに浮かれていた。そのせいで失言してしまうとも思わずに.........。


僕は、彼女の心の声に返事をしてしまったのだ。




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