悪役令息は妹とともに足を洗う

おおつ

第1話

 目が覚めたら、男になっていた。


 見覚えのない広い部屋の姿見の前で驚愕しながらも、自分の状況について考える。


 わたし、大野ゆりはなんてことないOLだった。夜間作業に疲れ果てながら帰ってベッドに身を投げ出したところまでは覚えている。


 そして今、姿見に映る姿は見知った顔の美少年だった。と言うのも、わたしの好きだった小説『双聖のファンタジア』に登場する悪役の一人、レン・ヴォルテールだからである。


 『双聖のファンタジア』は平民の女の子が希少な聖魔法の力を発現して魔法学校に入学するところから始まる。


 そこで平民出の主人公をいじめ抜くのがこのレンと妹のミリナだ。二人はその性格の苛烈さから学校でも「双頭の蛇」として名を馳せていた。そんな二人に目をつけられるのだから主人公は大変だ。


 そんな中でも主人公は気丈に勉学に励み、その姿に惹かれた学園に通う王子に救われ、最後は世界を滅ぼさんとする魔王を打ち倒すのである。


 ちなみに「双頭の蛇」は魔王に魂を売り魔物となったところを主人公と王子に倒される。いわゆる中ボスだ。


 わたしはそこまで理解したものの、いろいろと(主に股間の違和感を)受け入れられずに立ち尽くしていた。


コンコンコン


 部屋のドアがノックされる。急いで振り向く。


「はい!」

「レン様、お召し物の用意ができております。入ってもよろしいですか」

「あ! ……いいよ」


 ガチャリと扉が開きメイドが入ってくる。


「こちらです」

「ありがとう」


 言うとメイドは驚いたようにこちらを見て目をぱちくりさせている。なにか変なことをしただろうか。


 しばらく見つめ合ったあと、メイドは思い出したように咳払いをして言った。


「朝食の用意ができております」

「ああ、すぐいく」


 メイドは下がった。去り際に首を傾げていた気がする。やはり振る舞いが変なのだろうか。口調などは気を付けてみたつもりなのだが。


 食事が用意されている広間にいくと女の子が一人席に着いていた。おそらく妹のミリナだ。


「おはよう」

「おはようございます……お兄様」


 席に着くと食事のマナーなどが思い出された。どうやらこの体自体の記憶も残っているらしい。それに従って食事を進めていく。


 ふと、違和感が湧いた。妹の様子が変だ。この体の記憶によると妹は食事の席では不満かおねだりを口にするおしゃべりな性格だ。


 だが今のミリナは妙におとなしい。食事の手を止めては思い悩んだように眉尻を掻いている。その姿にこちらにくる前の妹を思い出した。

みなも悩むと眉尻を掻くのが癖だったっけ。


 少し感傷に浸りながら食事を終える。ミリナはそそくさと部屋に戻ってしまった。


 やはり何かおかしい。様子を見にいくべきだろう。体の記憶がそう伝えてくる。わたしはミリナのあとを追った。


「……って……よ」

「?」


 廊下の角まで行くとミリナの声が聞こえてきた。もう少し近づいて聞き耳を立てる。


「どうしろっていうのよ〜」

「!」

「こんなわけわかんない夢早く覚めて〜ゆり姉〜助けてよ〜」


 聞き慣れない声だが、間違いない。みなだ!


「みな!」

「! お兄様……ってえ? わたしの名前」

「わたしだよ。ゆり!」

「うそ! お姉ちゃん!?」


 こうしてわたしたち姉妹は異世界に転移してしまったのである。

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