運命の黒い糸
ほのかな
単話
ピー、ピー、ピー、
無駄に豪華な病室に電子音が一定間隔で響く。目の前にはいくつもの管に繋がれたミイラ・・・のような何か。俺の一応妻の父にあたる存在だ。危篤状態というやつだ。まあ目の前の命を感じない肉塊をみるに、危篤というよりほぼ死亡確定というのが正しいか。そんなほぼ死体が最後の言葉を述べようとしていた。
「・・・円居(まどい)よ。君を婿に迎えて本当によかった・・・お陰で我が王道家の血筋は繋がった・・・よくぞ勤めを果たしてくれた・・・」
この言葉を聞いた時、大笑いしそうになった。だがするわけにはいかない。これからこのゴミに渡すのは茶番じゃない。絶望だ。
「・・・・お父様。最後にお伝えします。今日までお伝えしたのは王道家の会社の功績ではありません。報恩家です。」
「・・・・・・は?」
まるでガキのような疑問の声が飛び出した。そりゃそうだが。
「わかりやすく言ってやるよ。会社は全部売った。もっとわかりやすく言えば貴様の功績全ては金に変えて俺と協力者達に山分けした」
「なっ!」
死に損ないでも驚いたら結構な声が出るんだな。明日には忘れそうな知識だ。
「貴様の努力も。信念も。全部金になって俺らのものになった。貴様の人生。全部無駄にしたんだよ」
「そ・・な・・んで・・・・」
ピーピーピーピー
電子音が一層激しくなる。まあ予想通りだが。くたばる前にさっさと最後の言葉を伝えるか。
「最後に動機のヒントを教えてやる。貴様は娘の婚約に際して何をした?」
「あ・・・・・・」
ピー
電子音が平坦になった。もうリズムも何もない。目の前のゴミみたいな物も本当にゴミと化し、動くことはない。そして周りの医者や妻も硬直して動かなかった。
「梔子(くちなし)。ここを出よう。後は医者の仕事だ」
「・・・はい」
多分彼女は状況と俺の行動の意味を理解したのだろう。目を閉じ、どこか悲しみながらも、「こうなるべきだったんだ」と受け入れているように見えた。気の毒なのは全く関係ない医者達だな。
「おい」
「ふぁ、ふぁい!」
急に針に突かれたかのような声で医者が返事をする。実際今の医者には俺がナイフか剣にでも見えていたかもしれない。
「診断書ができたら郵送してくれ。その肉塊に関しては知らん。燃やすか埋めるか役所に聞いてくれ。大体は燃やすと思うがな」
「えっと・・・」
「わかりやすく言うなら葬式とかはしない。こいつが人ならやってやったが、そうじゃないんでな」
そう言うと、医者は何も言わなくなった。無駄に正義感のある偽善者でなくて助かったな。そうだったら多少面倒なことになってた。それでも多少だがな。そういう人間の相手も慣れてる。誰も止めるものが居なくなった病室から、俺。少し遅れて妻。が、出てきて出口に向かって歩き出した。
「人生終わりよければ全てよしって言うからな。奴の人生は全て悪しってなっただろうな」
ポツリと呟いた後、妻がか細い声で言った。
「・・・ありがとうございます・・・ということになるのでしょうか」
「・・・微妙かな。梔子のためもあったし、俺個人の怒りや気に食わないってのもある。そんなに感謝しなくていいよ」
「・・ごめんなさい」
その謝罪は色々な意味で痛かった。多分梔子も色々な意味で痛みを感じながら謝っているのだと思う。
「梔子は悪くないだろ。全部・・・あいつが引き起こした事だ」
王道家。見た目からして凄そうであるが実際すごい一族だった。細かい功績を述べると社会科見学の時間のようになってしまうので、とりあえずまあ本当にすごい貴族とでも思ってくれればいい。そんなすごい家庭に生まれた俺の妻。一人娘の王道梔子。産まれた彼女はかの一族にとっては普通に生き普通に成長していった。だがそんな彼女を待っていたのはどうしようもない失望だった。ある時、梔子に恋人ができた。共に幸せに在り、話し、過ごしていた。問題だったのが、恋人が同性だった事。もし彼女が子沢山の家に産まれれば・・・もし貴族などでなければ・・・そのまま過ごせたのかもしれない。だが現実では彼女は貴族であり、父は家のために跡取りを確保することに囚われていた。いや、もしかすればそんなこと関係なかったかもしれない。高貴な自分の子が気に食わない恋をしてるのが嫌だっただけであった可能性もある。そういう色々な不都合により彼女達は引き離され、そしてさっさと俺を引っ張り出してくると婚約を決定させてしまったそうだ。
俺はというと、貴族といえば貴族だが、流石に王道家まで至るようなものでは無かった。そこにそんな話が天から降ってきたんだ。みんな喜んでくれたよ。「お前の努力が認められたんだ」って。とはいえすぐにハイなんて返事ができるわけがないし、とりあえずまず会ってみてとなった。まあ、断る選択はほぼなかったのだがな。こんな話を蹴ったらこの界隈で居場所がなくなるに決まってる。
(ありがたいような迷惑のような・・・)
そんなことを考えながら俺は梔子と出会った。初めに抱いた感想は、なんともまあ美人だなあってところ。もしかしたらここで俺が能天気バカだったら、美人と結婚やったーで終わっていたかもしれない。だが仕事の都合で救いようのない詐欺師や乞食を飽きるくらい見てきた俺は、同時に彼女の違和感に気づいてしまった。目の前の女性からは何も出てきていなかった。感情とか生気とか、何もない。存在してはいるが、何も無いカラッポのガラス瓶。それが梔子だった。
(これが・・・本当に一流貴族の娘なのか?)
有り余る金と資材があるのに出来上がったのが空虚な人形のような存在。それはかなり気掛かりで、ほっとくわけにいかない気持ちに駆られた。
「ええと・・・すぐに結婚とかは難しいと思いますし・・・とりあえず友達としてまずは関わっていきましょうか」
そう提案すると、梔子は静かに頷いた。あの時の梔子には、多分俺なんか見えていなかったのだろう。どこか遠くへ追いやられてしまったかつての恋人。その残像か陽炎でも思い浮かべなければ立つことすらままならなかったのかもしれない。そんな絶望した梔子とただ気掛かりだっただけの俺の関係が始まった。色々一緒に出かけたりはしたが、今思えばあれはデートと呼べたのだろうか。なんせ梔子は遠くのどこかの誰かを思い、俺はただ単に梔子が心配なだけだった。あの時間に愛は無かったのかもしれない。それでも俺の行動は無駄ではなかったらしく、梔子は俺を認めてくれるぐらいには変わってくれた。だがそれは同時に俺が彼女の真実を知ることになるわけでもあった。それはある日突然だった。俺の元にやってきた彼女は、無理矢理引き離された恋人のこと。勝手に決めつけられた婚約のこと。今なお想い人を忘れられないことを全て話した。ずっと部屋の床に頭を付け、己の真実を伝えてくれた。
「ごめんなさい・・・あなたはこんなにも優しくて・・・でも私は・・・ごめんなさい・・・」
何度謝ったかわからない。数えたくも無い。許す許さないの選択肢すら出てこなかった。こんな壊れかけの存在に憎しみなど出てこない。あまりにも哀れで、こちらに涙がうつりかねないぐらいだった。だが別の存在に怒りと憎しみは湧き出ていた。当たり前だ。梔子の父。もはやゴミとしか思えないあの男。このままでは終わらせない。
「・・・いつから、ですか?こんな事を用意したのは」
病院から出てもなお、俺は梔子からの質問に答えていた。
「報復を決めたのは梔子が教えてくれたあの日から。明確に計画を立てたのは奴が病院に入院してからだな。あの状態なら、限られた人をコントロールするだけで虚偽の情報を奴に流し込める」
「限られた人とは言いますけど・・・長年世話になってる執事の竹田さんとかはどうされたんですか?」
「・・・今回1番精力的に協力してくれたのが彼だよ」
声こそ聞こえなかっただろうが、おそらくかなり驚いているだろう。長年の相棒が裏切っていたのだから。
「俺もあの人をなんとかするのは手こずると思ったんだがな。簡単に了承してくれたよ」
「・・・どうして・・・」
「言ってたよ。同性愛とやらが良いものかはわからないが、お嬢様の魂が消えてしまったあの日から、あの男に忠義など無くしたって」
梔子が廃人のようになったおかげで今回の計画は流暢に進んだのだろうか。いや、それは考えない方がいいな。
「さて、これからどうしようか」
もう会社もない。遊んで暮らすまではまあ無理かもしれないが、とりあえず生きていく分の資材はある。奴の何もかもを破壊した今、残ったのはよくわからない関係で繋がった2人の人間だけ。
「・・・・・・君の恋人を探すかい?」
とりあえず1番に思い付いたのはそれだった。だが、
「妻という立場であの人に会うわけにはいきません。彼女にも家庭があるかもしれませんし・・・」
「・・・・そうか」
最早足掻いたところで今更って事だろうか。
「すまないな。俺としては、こんなことぐらいしかしてやれることが思いつかない」
魔法でも使えればいいのに。子どもの頃に思ったそんなことを久しぶりに思った。彼女の環境を少しでも変えれば・・・事態に気付くのがもう少し早ければ・・・後は何があるだろうか。考えても無駄なもしもがどうしても頭の中で湧いてくる。そんな思考を、梔子の言葉が遮る。
「いいえ・・・もう私の人生に想いなんて無いと考えてましたから。もう・・・充分です」
そして彼女は稀有な笑顔を見せながらこう続けた。
「私はあなたを愛してはいないのでしょう。でも・・・あなたの妻になれてよかった」
それはなんとも不思議な感覚だった。この人のために俺は全力で動き、今日の結末を迎えた。そして結果思ったのは、愛は無いのかもしれないが、この人の夫でよかったのだと。この人のためにできる限りのことをできてよかったのだと。なんとなくそう思った。俺たちの間に愛は無いのに、俺たちは似たような何かを思っていた。
「俺もあなたを愛してはいないのだろうけど、夫になれて、あなたのために行動できて、よかったと思うよ」
愛なんて甘いものは無い。絶望と悲観と憎しみによって俺たちは繋がれた。世の中には運命の相手とは赤い糸で繋がってるなんて言い伝えがあるが、俺たちを結ぶ糸があるとすればそれは
(黒い糸・・・なんだろうな)
運命の黒い糸 ほのかな @honohonokana
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