第十七話 よるにも衣装

 日は変わり、仕切り直しとばかりにエドゥアルトはよるにこう言った。

「じゃあ、よる。今日こそは君に似合うドレスを選びに行こうね。」

 ジノたちが転がり込んで来てから三日ほど経っていた。よるは石鹸作りを進める傍ら、お作法の勉強にも手をつけ始めていた。

「うん、ありがとう。こないだみたいな事にはならないように気をつけるね。」

 エドゥアルトが差し出した手によるが手を添える。些細な事だが、これもこの数日で身につけたお作法の一つだ。

 エドゥアルトにエスコートされながら再び街へ出ると、もう人々は奇異な目を向けてくることはなかった。それどころか、よる達を避けるようにそそくさと道が開ける気がする。

(エドの力ってすごいんだなあ…。)

 そう、先日エドゥアルトが民に向けて放った言葉が効いているのだ。

 何の障害もなく、街を歩いていると、エドゥアルトが突然歩みを止める。

「さあ、ついたぞ、よる。ここなら間違いない。」

 そう言われて見上げた建物は、古めかしくも、威厳の漂う佇まいだった。

「間違いないって、どういうこと?」

 エドゥアルトは、その問いには答えず、店の扉を開いた。

「いらっしゃい。ああ、王太子様が自らいらっしゃるとは珍しい。とすると、そちらが例の聖女様で?」

 店の奥から姿を現したのは、老年というのが相応しい、白髪が目立つ品の良さそうな紳士だった。

「やあ、久しぶりだな。今日の用件はわかっているだろう?」

 二人は阿吽の呼吸で話を進めていく。よるにはさっぱり事情がわからず、思わず空気のようについてきているラインを振り返るが、ラインも特に説明はしてくれない。

「よる、この方がよるのドレスを仕立ててくれる仕立て職人だ。腕は特級だから安心していい。何せ、母上のドレスを担当している程だ。」

 それを聞いてよるは驚く。そんなすごい人に仕立ててもらっていいのだろうか、と。

「あ、えと、よると申します。よろしくお願い致します。ドレスを仕立ててもらうのは初めてなので、至らぬところもあるかと…。」

 とりあえず挨拶をしないとまずい。それは人として。と、そこへ老紳士がにこりとして答える。

「素直で良い心をお持ちのお方ですな。しかし、そんなに緊張されていては、パーティーにたどり着く前に倒れてしまいますよ。もう少し肩の力をお抜きなさい。」

 その様子をエドゥアルトとラインがくすくすと笑って見ていることに気がつき、よるは真っ赤になる。それを見ていたエドゥアルトから

「可愛い。」

 と呟かれた。

「あのエドゥアルト様をここまで骨抜きになさるとは、という冗談はさておき、ではそろそろ準備に取り掛かっても?」

 仕立て屋の主人は、エドゥアルトにも了解を取り、奥の部屋へと促す。その際ラインは部屋の前で待機する旨を告げた。

 奥の部屋に通されたエドゥアルトとよるを前に、仕立て屋の主人は

「では、早速。よる様、失礼致します。服を脱いで頂いても?」

 と告げる。

 よるは下着を身につけているとはいえ、今や恋愛関係となったエドの前で素肌を晒すのには抵抗が生じた。

(最初に見られてるとはいえ、今の方が逆に恥ずかしいよお!)

「よる、大丈夫だよ。何も心配いらない。」

 すかさずフォローしてくるエドゥアルトだったが、そのエドゥアルトに見られているのが恥ずかしいのである。

「エドゥアルト様も、まだまだ乙女心の理解までの道のりは遠そうですな。」

 よるの心の機微を察せないエドゥアルトを、仕立て屋の主人はニヤニヤとして見守っているが、決してエドゥアルトを追い出そうとはしなかった。

「ささ、よる様、将来は夫婦となられる間柄。少しばかりの羞恥心は今はそっとおしまいください。」

 仕立て屋の主人の発言に、エドゥアルトは面食らったように、そういうことだったのか、という顔をした。

「大丈夫だ、よる。俺は何ならいつでも準備はできているからね?」

 斜め上の発言をし始めたエドゥアルトをこれ以上刺激すると大変な事になると判断したよるは、すごすごと仕立て屋の主人の言葉に従う。

「なるほど。」

 下着姿のよるをまじまじと点検する仕立て屋の主人だったが、よるは何を見られているのかさっぱりわからない。

「この仕立て、メアリーですな。良い仕上がりではあるが、やはり彼女のクセが少し主張しすぎています。しかし、直すには時間が足りません。今回はこちらに合わせたドレスを少し上から補正するよう仕立てます。如何ですかな、エドゥアルト様?」

 尋ねられたエドゥアルトは構わない、と告げているが、よるは下着一つで仕立てた人までわかってしまうんだ、と感心していた。

「ご主人は、メアリーさんをご存知なんですか?」

 思わずよるは疑問をこぼしてしまう。

「ええ、知っていますとも。彼女に技術と寝床を与えたのは私ですからね。今では独り立ちするまでに成長したことは嬉しく思っています。が、何せ少しクセが強い変わり者でしてね。」

(てことは、この方はメアリーさんのお師匠様ってことなのか!)

 よるは全てに合点がいった。一目でメアリーの作と見抜く目や、クセの出方までわかるというのは、弟子が作ったからということ。

「お色味ですが、如何いたしましょう。お好きな色にされますか?それとも流行りの布地を使いましょうか?」

 よるはこの世界に来る前、ファッションに疎かった。適当に安い服を適当に着ていたにすぎない。

 よるが困惑していると、エドゥアルトが助け舟を出してくれた。

「今の流行りの布地はゴテゴテしていてよるには似合わない。はっきりした色味よりも、薄めの色の方がよるに合うだろう。何かあるか?」

 よるは、それを聞いて流行りの布地はわからないのだが、普段からそこまで分析されているの?と疑問に思った。

「流石はエドゥアルト様。そこまでお考えでしたか。確かに、流行りの布地では柄がうるさくて、よる様の純朴な魅力を邪魔してしまうでしょう。また、はっきりした色味、特に赤系はお母上であるエリーザベト様が好まれるお色味。パーティーの席で被ってしまっては、全てが台無しでしょうな。とすると…。」

 そう言って仕立て屋の主人が出してきたのは、パールのような光沢の薄い青色と、同じ素材の薄い緑色の布地だった。どちらもうっすらと模様が入っているが、華美すぎず、濃い化粧の似合わないよるの顔立ちに合った、シンプルな美が追求された布地だった。

「わあ、綺麗…!」

 よるが気に入った様子なのを確認したエドゥアルトは、二つの布地を鏡の前に置くように配置すると、よるをその真ん中へ誘導する。

「色は良さそうだ。あとはよるの好みだな。どっちが好き?」

 問われたよるは、少し悩んだが、薄緑色の布地を選んだ。

「良い選択だ。きっとよるに最高に似合うよ。決め手は?」

 その問いに、よるはぽつりと答えた。

「昔、誰かに言われた気がしたの。お前、青似合わないって。何だか今更、それが頭をよぎっちゃって。」

 エドゥアルトは少し首を捻ると、

「そんなことはないと思うが。とりあえずそれを言ったやつは死罪にしよう。」

 やや不穏な発言をするエドゥアルトによるは背筋に冷たいものが走った。

「エドゥアルト様、薄桃色という選択肢もありますが。恐らくエリーザベト様がこの色を着られることはないので…。」

 と、意気揚々とピンクの布地を取り出したので、JKだった頃だって着たことのないピンクなんていう可愛らしすぎる色合いに全身包まれるのは首を横にブンブン振って辞退した。

「可愛いと思うんだが。ダメなのか?」

 ピンクでふわふわの服なんて、街で見かけるロリータちゃんか、テレビの中のアイドルくらいしか知らない。

「わ、私はこの色が一番好きだから!!」

 よるは何とかまだ落ち着いた色味のペールグリーンの布地を死守した。

「まあ、よるがそう言うなら…。」

 少し不満げなエドゥアルトはさておき、仕立て屋の主人からは仮縫いまで少し時間がかかることを告げられ、着替えて部屋を後にする。

 退室する際、仕立て屋の主人とエドゥアルトはまだ少し何かを協議していたが、よるは外で待機させていたラインに終わったことを告げにいく。

「お疲れ様です。」

 と、一言ラインから告げられ、三人は城へと帰り道を辿る。

「ねえ、エド。」

 その道中、よるがエドゥアルトに耳打ちをする。

 ん、と反応したエドゥアルトが何事かとよるに聞き返す。

「ずーっと気になってたんだけど、ラインさんのリボン、年季入ってるなあって。二人で選んでプレゼントとか、した方がいいのかな〜って。」

 そう、ラインのリボンは年季が入っていても誰も何も突っ込まない。エドゥアルトが気が付かないわけがないだろうに、なぜそのままなんだろうと。

「ああ、あれはいいんだ。あれはラインだけのものだからな。」

 不敵な笑みと共に返ってきた不思議な返答に、よるは頭の上に?をいくつも浮かべる。だが、いいんだと言われてしまっては、そういうものなのか、と納得するほかなかった。

(…訳ありっぽい?)

 それ以上よるは突っ込まなかったが、ラインに直接聞くのも礼儀知らずだ。

 そうこうして石鹸の開発とお作法の勉強にのめり込んでいるうちに、日は過ぎ、仕立て屋さんからドレスが仕上がったと連絡があった。

「……………エド。」

 出来上がったドレスを見て、よるが発した第一声は、やり切れない思いを押し殺してのエドへのせめてもの抗議としての名前を呼ぶというものだった。

「どうしたの、よる?」

 満面の笑みを浮かべて、隣でわなわなと打ち震えるよるをエドゥアルトは見つめる。

「なんで。」

 よるは言葉を紡ぐのもやっとの状態に陥っていた。

「え?」

 当のエドゥアルトは、己の仕出かした事をわかっていないはずはないだろうに、すっとぼけにかかっている。最悪なのは、これ以上ない笑顔でその笑顔何人が知っているの?くらいの冷徹王子という異名からは考えられないくらいのニコニコ具合である。

 ラインは慣れっこで、

(ああ、きっと勝手に好みのドレスを注文したんだろうな。相手が嫌がってるとわかってる上でのあの笑顔は流石王妃様の血を引いていらっしゃる。)

 と、心の中でよるに同情した。

「あのね、ドレスありがとう。すごく綺麗だし可愛い。おまけに私の選んだ生地を尊重してもらって本当に嬉しい。」

 よるは尚も怒りを飲み下しながら、まずはエドゥアルトから贈られたペールグリーンのドレスのお礼を言った。

「そうだろう、そうだろう。デザインに多少口は出したが、我が国の伝統的かつ洗練されたドレスをという注文に実に忠実に答えてくれた仕立て屋の主人には感謝しかない。」

 エドゥアルトはよるからのお礼に非常に満足げに答えている。

「でもね、違うの。そうじゃないの。なんでピンクのドレスまであるのおおおおおお!?」

 そう、仕立て屋の主人が納品したドレスは二着存在した。

 一つはよるが選んだ布地で作られたペールグリーンのドレス。

 もう一つは、エドゥアルトが選ぼうとしたピンクのドレスだ。

「何か問題が?両方ともよるに最高に似合うドレスだと思うが。それに、俺は君にドレスを贈ると約束したが、何着贈るかは特に言及していなかったはずだぞ?」

(ピンクのドレス、可愛いけど、可愛すぎて似合う気がしなくて怖い…!しかもいつ着る前提のものかもわからない!とにかくエドが怖い!!)

「うん、とりあえず、ありがとう。でもどっちのドレスを着るかの選択権は私にはあるよね???」

 げっそりと疲れ果てつつエドゥアルトに対してお礼の言葉を絞り出したよるに、エドゥアルトは

「もちろん♡」

 と、お礼を言われたことに満足げに上機嫌で答えた。

 その後、軍議に向かうエドゥアルトにラインが珍しく苦言を呈する。

「自分の好みを押し付ける男は見苦しいですよ。」

 と。

「何のことだ?何事も想定外はあり得る。予備を用意しただけだが?」

 エドゥアルトはラインの苦言もするりと躱してしまう。

「明らかに装飾が違いましたけど。」

 ラインは冷静にツッコミを入れる。

「ふふ。流石にラインの目は誤魔化せないか。いいじゃないか、あんな可愛いドレスを纏ったよるが見られるかもしれないと思って勝手に興奮するくらい?」

 冷徹王子改め、溺愛王子の暴走は続く、かもしれない。

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