第十四話 よると仕立て屋
よるは一晩かけて、追いつかない頭を整理した。昨日見た、すごくお上品な女官の姿が頭から離れなかった。
(あんな感じになれって言われてもむりだよお…!)
やがて朝を迎えて、全然眠れなかった。と、朝イチでエドゥアルトがよるの元へやってきてくれたのだが、その口からは信じられない言葉が連続で出てきた。
「よる、お作法も大事なのだが、ここでは身なりも大事だ。約束したよね?もっと似合うドレスを贈るからねって。今がその時だ。早速城下に仕立て屋を探しに…と言いたいところなのだが、よるに合う下着を仕立てるところからだな。それは流石に懇意にしている仕立て屋を呼んでおいたから安心してくれ。腕は確かだから安心していい。」
お作法は、ですよね…と納得できたのだが、懇意にしている仕立て屋さんは下着を作ってはくれるものの、ドレスは作ってくれないらしい。城下とか、これ以上何が待ち受けているというのだろうか。
城下に出ることに興味もあるが、今は不安の方が大きい。それをエドゥアルトに伝えると、エドゥアルトからはこんな返答をした。
「身の安全のことか?それなら、俺とラインがいるから安心していい。」
違う、そうじゃない。よるは、陣営ではうまく受け入れてもらえたが、城下の人々、というかこの国の未来を担う者としてこの国の人々に受け入れてもらえるのかが不安だった。
「なるほど。確かにこの辺りではまだよるの認知度は低いし、聖女と説明はしているが、実際どういう風に聖女なのか納得していない者も多い。そういうことか?」
完全に聖女にされていて違和感を覚えるのだが、要するにエドの嫁として相応しいと認めてもらえるか、という事なのだ。よるは今まで人に受け入れてもらえた経験が少なく、成功体験に乏しいため、より不安になっていた。
「なんだ、それなら簡単だ。俺とよるが城下で買い物でもしていればそれで事足りる。」
よるは、頭にはてなが幾つも浮かんだ。
「要は、誰かに口出しさせる隙を与えなければいいんだ。よるが相応しいか否か、ではなくこの俺が、よるでなければダメなのだと国民に知らしめればそれでいいはずだが?」
(な、なんという俺様イズム!)
よるは驚きを隠せなかった。確かにエドゥアルトは既に時期国王として認められている立場ではある。その側を歩く女性は、相応しいかどうか、というよりその時期国王が側に置けるかどうかを見せつければいい、そう言っているのだ。
流石ドSの称号を欲しいままにする王子、という冗談はさておき、よるはそれでは将来問題が起きるだろうなということを想像できないほど愚かではなかった。
「そんな力技、私が国民だったら嫌だな…。そうしない為には私が頑張るしかないってことだよね?」
エドゥアルトとラインは顔を見合わせ、互いにニヤリとする。
「流石だ、よる。そこでそうですかと納得するような女に惚れた覚えはない。どうしても不得手なところは極力こっちでカバーする。できるところは頑張ってくれるか?」
もちろん、とよるは意気込みを新たにする。エドゥアルトは力ずくでもやってやる、という気概を見せてくれた。そこまで想われて、それに応えないのは不誠実だ。
そうこうしているうち、よるの基本となる下着を仕立ててくれるという人物がやってきたと連絡が入る。
「初めまして、聖女様!あたしは普段エドゥアルト様のお召し物を仕立てている職人のメアリーです。紳士物の方が得意なんだけど、女性ものが作れないってわけじゃないとこよろしく!まあ、そこの王子様とは女性モノに関してはセンスが合わないってことで、今回は下着だけ頼まれました。でも下着を侮るなかれ!全てのシルエットを決めるのはベースなんで!」
メアリーと名乗った女性はサバサバとしていて、好感が持てる。この国ではあまり見ない女性ながらにしてショートヘア、という出立ちである。横髪だけおかっぱ気味にしていて、後ろは短い。前衛的、と言えばいいのだろうか。時代の最先端を行きすぎて誰もついて来られていない感が漂っている。
「さ、早速採寸するんで、男子は退場してくださいな。」
メアリーは有無を言わさずエドゥアルトとラインを部屋から追い出した。おとなしく二人が従うあたり、メアリーの圧は結構すごいのかもしれない。
「じゃ、ババっと脱いじゃってくださ〜い!」
二人が退場したのを確認すると、メアリーはテキパキと支度を始める。よるも恥ずかしいとか言っている場面ではないので、メアリーに従う。
そう、今更恥ずかしくない。メアリーは女性だし。裸なんて最初にここへきた時あの二人に見られ済みなのだから。よるの羞恥心のメーターはちょっとおかしなことになっていた。
「はーい、じゃあ採寸していきますね!」
メアリーは躊躇わずによるの身体に巻き尺のようなものを当てていく。無言なのは余計気まずいので、よるは口を開く。
「メアリーさんは、綺麗な金髪なのに、なぜ短く?」
もったいない、という気持ちで触れたが、メアリーは少しぴくりと反応した。
「…聖女様は、痛いとこ突くんだねー。もうわかってると思うけど、あたしはルフトの出身じゃなくて、セントで生まれたんですよね。」
よるはメアリーの地雷を踏んでしまったのかと一気に不安になる。
「あたしの父は、それはそれは腕のいい仕立て屋で。キャロライン姫に乞われて城へ。それっきりでした。」
よるはその話を聞いて、まずいことを聞いたと思った。エドゥアルトが時々口にする、キャロライン姫を認められない理由の一つに挙げていた出来事だ。
「え、あ。ご、ごめんなさい…!」
さぞかし辛い思いをしたのだろうと、よるはそれ以上を話さなくていいように、メアリーに謝罪を伝える。
「なんで謝るんです?ここからが面白いのに。父はそれっきり。それは本当。母は嘆いてなーんにも家事しなくなっちゃって。まだ幼かったあたしは父の仕事を手伝っていたから、それなりのお裁縫スキルがあって。でもそれだけ。弟たちを食わせるために、何かしたかった。途方に暮れていたその時、エドゥアルト様がウチに来てくれて。」
まさかのエド登場によるは驚きを隠せない。
「ルフトの仕立て屋さん紹介してもらって。そこに弟子入りして仕送りしながら修行してねー。独立した頃、またエドゥアルト様に拾ってもらって。今ではお抱えの仕立て屋やらせてもらって、めっちゃ感謝してるんです。あ、幽閉とかされないし。」
メアリーは冗談ぽく父のことを交えて笑って見せる。
「でも、あたしの家庭をめちゃくちゃにしたセントの出身だってわかるこの金髪嫌いで!何よりあのお姫さんと同じ色ってのがほんと腑煮え繰り返るっていうか。この世に魔法ってものが存在したら、あたしはとりあえずこの頭の色変えるなー。」
やっぱり聞いてはいけないことだったのでは。よるは反省したが、メアリーは更に続けた。
「でも、伝説級の仕立て屋だった父のことは本当に誇りに思ってるんです。この髪は、父から受け継いだものだし、残ってるもんは、この髪と裁縫のスキルだけだから、全剃りはできなくってね。中途半端だって、父から怒られるかな?アハ。」
最後まで聞いてしまったが、メアリーは愛情深い人で、お父さんのことを心から愛しているんだな、とよるは思った。思わぬところで、キャロラインの残した爪痕を見てしまった。
「ごめん、つまんない話しちゃったね。でも今は誰も恨んでないよ。だって弟たちも結局仕立て屋の道を選んだから。父さんも母さんも愛してる。弟たちもきっとそう。あたしはあの時エドゥアルト様に救ってもらえてラッキーだった。だから、そんなエドゥアルト様の愛しの聖女様のお仕立ての手は抜きません!」
そう言うと、メアリーはメモ用紙を片手に、採寸おーわり!と告げた。すごいスピードだった。
「で?そんな聖女様の話も聞かせてよ。」
メアリーは次の工程の支度をしながら、よるに身を寄せて、内緒話でもするように少し意地悪く語りかける。
「ジッサイのとこ、エドゥアルト様とはどこまでいってるの?教えてよ。返答によっては、少し趣向を凝らしてほら、モニョモニョするときに楽しめる仕掛けをさ。」
よるは意味を汲み取って真っ赤になる。
「え、エドのことは好きだけど、キスくらいだよ!」
正直に答えてしまい、よるは恥ずかしくなった。
「え、まだそんなとこ?あのエドゥアルト様があんだけ惚れ込んでたらもっとこう、ディープな関係かと思ったけど。意外とオクテなんだねーあはは。」
結構な大声だったため、扉の外から
「聞こえてるぞ、メアリー。」
というドスの効いたエドゥアルトの一言が添えられた。
「はいはい、採寸は終わったから、入ってきてもいいよ。あとは仮縫い段階までちょいとお時間もらうわね。明日また来るから。」
メアリーは手短に用件を話すと、時間が惜しいからと職場へ戻るという。
「せっかく捕まえたなら、しっかり抱き留めておかないと、逃げられちゃうよ?」
メアリーは帰り際、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながらエドゥアルトに耳打ちした。
「わかってる。俺はよるの気持ちも大事にしたいだけだ。己の欲望だけで動くとどうなるか、わからないお前ではあるまい。」
そう言われたメアリーは、それはそうね、と一言返すと、
「じゃあよる様、また明日ねー!さいっこうにシルエットがバッチリキマる下着作ったげるからねー!」
と手をひらひらさせながら帰っていった。
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