第25話 おにいちゃんアルバムvol.1
「じゃーん! これがおにいちゃんアルバムvol.1となりまーす!」
みなもにしてはかなり高いテンションで、テーブルの上にアルバムを置いていた。
有言実行とでもいうのか、家に戻ってきた俺たちは、さっそくアルバムを鑑賞することになったのだ。
ちなみにラビュの先導は、最初の曲がり角で我が家と逆方向に突き進んだ段階でお役御免となった。
俺たちの家を知らないのに、先頭に立つのが無茶だったとしかいいようがない。
「vol.1ってことは、これが一番古い写真? にしてはけっこー成長した後って感じするけど」
ラビュは悪びれた様子もなくアルバムのページをめくると、一番最初に収められていた写真を指さす。
そこに写っているのはアイスにかぶりつく10歳くらいの俺だった。
「赤ちゃんの頃の写真とかは無いんですよね、残念なことに。でも、このおにいちゃんかわいくないですか?」
「ふむふむ、たしかにこれはかわいらしい……。ところで、上半身が裸なのはなんで?」
「リハビリの最中だったので」
「ふむん?」
言っている意味が分からなかったようでラビュは首を傾げていたが、結局はスルーすることに決めたらしく、再び視線をアルバムに戻していた。
「それにしても本当にこのコータローかわいいよね。なんかちょっとおどおどした感じがたまらないっていうか……。ナギーもそう思わない?」
「……」
「ナギー?」
「え? ああ、なんだい?」
「なんだいじゃなくて。このコータローかわいいよねって」
「そうかもしれないね」
軽く頷くナギサ先輩だが、ラビュはそんな彼女をいぶかしげに見つめている。
「なんか、やたらとぼんやりしてない? もしかしてナギー……」
ラビュはきらりと瞳を輝かせた。
「――幼いコータローにキョーミシンシンな感じ!?」
「別にそんなことはないさ」
「でもナギサちゃん、おにいちゃんの写真をすっごいガン見してましたよ」
「ほら! ミナモンまでそう言うんだから、これはもう間違いなし!」
「はい、私がそう言うんだから間違いなしです! ナギサちゃん、お兄ちゃんの裸を見てメロメロでした!」
ラビュとみなもは波長が合うらしく、あっという間に共鳴していた。
しかしあんなに人見知りだったみなもが、こんなに早く打ち解けるとは、正直意外だ。
しれっとナギサ先輩のことまでちゃん付けで呼んでるし。
「まあ、ふたりがそう言うのならそういうことにしてもいいけどね。実際、幼い連城くんは可愛いと思うし」
「だよね、だよね! この頃のコータローと会ってみたかったにゃー」
「……」
ラビュの言葉を聞いた瞬間、軽く微笑みながら意味深な視線をこちらに向けてくるナギサ先輩。
私は幼いキミに会ったことあるけどねとでも言いたいのだろうか。
えっ、だとしたら可愛すぎない?
「まあ、確かにちびっこいおにいちゃんもいいんですけど、でもあたしはやっぱり、今のおにいちゃんこそが至高だと思います。ソファで寝たふりしてると、お姫様抱っこでベッドまで連れていってくれるんですよ」
「は?」
突如、聞き捨てならない言葉が聞こえてきた。
「お前あれ寝たふりだったのか?」
「そうだよ」
「くっ、悪びれもせず普通に答えやがって」
どうりで妙に持ち上げやすい体勢になってくれるとは思ったんだ。
次に同じ場面に出くわしても、絶対に運ぶのはやめておこう。
「いいなー! ラビュもコータローにお姫様抱っこして欲しー! ……はっ!?」
なにかに気付いた様子のラビュは、テレビの前までいそいそと移動すると、流れるような動きでソファの上に寝そべり、そっと目を閉じた。
「コータロー! いつでもいいよ!」
「いや、しないから」
「ならナギーでもいいよ!」
「しない……というかできない。私は腕力が無いからね。ラビュを床に落としでもしたら、大変だ」
「ならば妹ちゃん! カモン!」
「はい、ラビュにゃんこ先生! 私、がんばります!」
「お、おい。やめといたほうが……」
止めに入ろうとしたが、時すでに遅し。
「どっこいせー!」
ソファに駆け寄りラビュの身体の下に両手を差し込んだみなもは、威勢の良い掛け声とともに、ラビュをグイッと持ち上げていた。
「わわわっ!?」
「うぬぬぬぅ!」
まあ、持ち上げたと言っても、わずか数センチ。
でも、あの細腕でよくやった方だと思う。
……もっとも問題はここからなわけだが。
「……」
それ以上持ち上げることも下ろすこともできず、動きが完全に止まってしまったみなも。
ギギギと彼女の首だけが、ぎこちなくこちらを振り向く。
「おにいちゃん……たすけてぇ……」
「まったく、バカなことを」
ため息をつきながらみなもに近寄った俺は、横からかっさらうようにして、ラビュの身体を受け取った。
「わわっ!?」
最初こそ慌てた様子で俺の首に手をまわすラビュだったが、意外と安定感があることに安心したらしい。
笑顔で周囲を見回している。
「すっごーい! ねえ見てナギー! 私いま、お姫様抱っこされてる!」
「見てる見てる」
びっくりするくらい気のない返事をするナギサ先輩。
とはいえ、さりげなくスマホをこちらに向けて撮影の準備をしているあたり、ラビュとの息はピッタリのようだ。
しかしさすがにこの状況を撮影されてしまうと、のちのち困ったことになりそうな予感しかしない。
別にナギサ先輩が画像を拡散するとは思わないが、ラビュのほうはあまり信用できなかった。
悪気なく学校でこの写真をばらまきそうな気がするし、そうなると俺はかなり肩身の狭い思いをすることになるだろう。
「もういいだろ。おろすぞ」
強制終了を図ることにした俺は、ラビュの身体をソファの上にゆっくり乗せる。
だがラビュは、俺の首に両手をまわしてしがみついたまま離れようとしない。
「手を放せ」
「い・や。ラビュ、もう少しこのアトラクションを楽しみたい」
「アトラクションって、遊園地じゃないんだから……」
「なんというか、こうしてるとふたりは親子みたいだ。たまの休みに連れ出された父親ともっと遊びたい娘、みたいな」
「なんですかそれ……」
しかしラビュは、そんなナギサ先輩の例えがお気に召したらしい。
「お願い。パパぁ。もすこし抱っこしてぇ……うるるぅん……」
「目を潤ませても無駄だ。手をはなしなさい」
毅然とした態度で伝えると、ラビュはそっと耳元に口を寄せてきた。
「……このままお姫様抱っこしてくれたら、初めて会ったときにラビュのおっぱい触ったこと、許してあげる」
「…………」
俺は無言のまま窓に目を向けた。
窓ガラスの向こうでは、雨から逃れるために、無数の鳥たちが雨宿りできる場所を今なお探しているのだろう。
そんな鳥たちを心の中で応援しつつ、俺は思う。
ラビュさん。
あなたやっぱり気にしてたんですね……。
まあ、でも当然か。
それを言われてしまったら、俺は
いやむしろ、ラビュの気が済むまで存分にご奉仕させていただくことにしよう。
「よーし、ラビュ! パパがんばっちゃうぞぉ!」
「わーい! パパだいすきぃ! 記念撮影してもいい?」
「……ぐっ……も、もちろんさ!」
「やった! ナギー、撮って撮って!」
「はいはい」
「ね、コータローこのままじゃ落ちちゃうよ。もっとぎゅーってして」
「いやちゃんと支えてるだろ。これ以上はムリだって」
「変なとこ触っちゃうかも~なんて気を遣わなくていいよ。もっと思いっきり手をまわして。こういう感じで」
「え、いやっ、でもこれは……!」
あの時みたいに、俺の手がラビュの胸に埋まっていた。
もちろん俺としてはすぐにでも移動させたいが、それをするとラビュを地面に落下させるリスクが――。
「ナギー、いま」
「はいはい」
パシャリと聞こえる撮影音。
撮られたのは、俺の手がラビュの胸を鷲掴みにしている写真。
…………。
「おにいちゃんのエッチ」
ナギサ先輩から写真を見せてもらったみなもが、こちらに軽蔑の視線を向けてきた。
「いやこれ俺の責任か? ラビュが俺の手を掴んで、わざわざ自分の胸まで移動させたの、お前も見てただろ」
「見てなかったよ」
「見てなかったんだ……」
じゃあ、俺がわいせつ行為に及んだとしか思わないよな……。
「ごめんね、コータロー」
責められる俺に同情したのか、ラビュが気の毒そうな顔を向けてきた。
「でも少しずつ外堀を埋めていこうと思って」
「外堀?」
「うん。コータローの心は、すでにラビュのことが好きになってるわけでしょ?」
「わけでしょ言われても」
すごいことを言い出したラビュにツッコミを入れるが、彼女は無視して言葉を続ける。
「そーなると、あとはコータローの身体がラビュのことを好きになればいいだけだよね? だからコータローの身体に、ラビュの魅力を教え込んでるの」
「外堀を埋めるって、そういう意味じゃ無くないか?」
「べつにどういう意味でもへーき! コータローをメロメロにしてあげるから、もう少し待っててね!」
「…………」
メロメロってことならとっくになってる気がするけど……。
しかし、そもそもなんでラビュはこんなに俺に懐いてるんだ?
思い返してみると、初対面の時からそんな感じだったよな。
実は初めて会った男子生徒が俺だったとか?
刷り込み的な?
……まさかな。
「分かったから、とりあえず下ろさせてくれ。さすがに腕が疲れた」
「もー、しょーがないにゃー」
ようやく許可が出た。
ラビュの身体をゆっくりソファに下ろすと、彼女がそっと俺に耳打ちしてきた。
「次はおんぶしてくれたら、ラビュのおっぱい触った写真、消してあげる」
小悪魔のような笑顔を浮かべるラビュを見て、俺は思った。
これ無限ループじゃん……。
次はぜったい「ラビュのおしりを触った!」とか騒ぎ出すに決まってるじゃん。
一生ラビュの言うことを聞かないといけないやつじゃん……。
「どーする、コータロー?」
「まあ、やるけども」
俺だってごく普通の男子高校生なんだ。
女子との接触が嫌なわけが無い。
そう言う意味では、とっくの昔に外堀が埋まってる気はするが……。
「わーい!」
元気よく俺の背中におぶさるラビュ。
背中に感じる豊かな胸の感触に心をときめかせつつ、俺はふと思った。
この俺たちの仲良し具合。
これもう、普通に変態パラダイス村の仲間に誘ってみてもいいのでは……?
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