第4話 謎が一つ溶け、また、新しい謎が生まれた
近衛騎士団の本営は、宮殿から南へ二里ばかり離れた場所にに存在する。
「こちらへどうぞ」
「はい」
ウルスラが馬車を降りてすぐ、帝国教会の鐘が厳かに鳴り響いた。
歴代皇帝の嗜好に合わせて、建て替えを繰り返した皇宮と違い、騎士団本営は建国以来の建築様式を、今日に伝えている。武力制圧から法治統制に移り行く時代、騎士団の在り方も変わりつつあった。
「足元に、気をつけて下さい」
「お心遣い、感謝致します」
窓の外は、すっかり日も落ちて、建物内を数多の蝋燭に明かりが灯される。
独特の臭気が漂う回廊を、歩く道すがらで、
「ところで、襲撃犯の心当たりは」
頭上から降り注ぐように、テノールの響きが、ウルスラの耳に届いた。
一体、なんと答えたらいいだろうか。目の前の衛兵たちが、大扉を開けるさまを見ながら、ウルスラは思い巡らせる。
一分二分、柱時計の細い針が、三度目の頂を指す頃合いで、
「身代金目当てではありませんの」
彼女は、ありきたりな答えを発した。
「左様か」
雑務に追われる部下を下がらせて、マクシミリアンはウルスラに革張の椅子をすすめる。どうやら、彼自身がウルスラに詰問するようだ。
「奴らは帝都を縄張りにする、闇組織が雇ったゴロツキではない」
彼の発した言葉の意味を、ウルスラは理解できず、小首をかしげるばかり。
「実は、犯罪にも種類があって……」
誘拐、窃盗、麻薬密売、売春斡旋など、犯罪の数だけ闇組織は存在する。
『互いに干渉しない』不文律があるのだと、その手の世情に疎いウルスラに向けて、マクシミリアンは簡単に説明した。
「まあ」
正式な貴族の令嬢ではないとは言え、己を襲撃したゴロツキどもは、単なる誘拐犯だと、彼女は思い込んでいた。
護衛を付けず、宮殿から出た馬車に女が一人きり。金を取れる見込みがあれば、誰でもよかったはずだと。
「奴らは全員、東部辺境の訛りだった」
マクシミリアンが断言する地域は、ブルーノ辺境伯領とも一致する。思い起こせば、あの太った入婿の奇妙なアクセントも、辺境訛りの影響だろう。
「そうなると……」
「如何されたかな」
——いけない。あの件を話す訳には……。
初見の相手を信じてみようか。不意に、マクシミリアンと視線がかち合い、気恥ずかしさから項垂れる。
しかし、このまま時間を持て余して、黙秘を貫いても、ウルスラに利益はない。
こそばゆい状況を打破出来そうな、妙案はないだろうか。
「どうされた」
マクシミリアンの長い脚が、前後で組み変わる。
「法典の権利に従い、黙秘させていただきます」
相手の瞠目を見定めて、ウルスラは一手を講じた。
「なんと」
「と、言いたいところですが、こちらの条件をくみ取って下さるなら、お話してもよくてよ」
相手の出方を伺いつつ、ウルスラは追い打ちをかける。
「善処致そうか」
身を乗り出すマクシミリアンに対して、ウルスラは取引を持ちかけた。
「足元に、気をつけられよ」
「ありがとう」
マクシミリアンの手を借りて、ウルスラは石段を降りて行く。夜会でのエスコートを彷彿させる、優雅な手ほどきに思わず、足がもつれそうになりながら。
「二十数年前の、肖像陶板ね」
古参の騎士の案内人の愚痴に、ウルスラは現実へと引き戻される。ランタンの灯りだけが頼りの地下では、一歩を踏み外すだけで大けがは免れない。
一段一段ゆっくりと、彼らは石段を下った。
「三十分以内で。頼みましたよ」
「ご苦労」
騎士団本営の地下室手前で、案内人が踵を返す。膨大な保管品を前に、ウルスラは息を飲み込んだ。
「白い結婚の六十日前の潔斎のため、女子修道院に向かって出発したまでは、伯爵家のメイドたちが証言している」
「ええ、そうのようですわね」
しかし、到着予定時刻を過ぎても、夫人を乗せた馬車は修道院に到着しなかった。
「この木箱らしい」
マクシミリアンから預かったランタンを、灰だらけの木箱にかざす。墨で夫人の名前を記した蓋を開けると、黄ばんだ薄紙が目に飛び込んだ。
「あら、もう一つあるわね」
小ぶりの代物を、マクシミリアンが取り出す。丁寧に薄紙を除ければ、平凡な容姿の肖像が露になった。
「これは、一緒に行方不明になった夫人の侍女だ」
「一人ではなかったの」
「ああ」
初めて知る情報に、ウルスラは侍女の絵姿を、じっと見つめる。
ランタンの灯りだけでは、思うような鑑定が出来ない。ウルスラが手をかざすと、白い光によって陶板の鮮度が、格段に跳ね上がった。
「これは……」
「なにが」
灯りをかざす、マクシミリアンの問いかけに、
「入婿は夫人の息子でははい」
ためらいつつも、ウルスラは答える。
「なんだって」
「彼女こそ、あの入婿の母親よ」
手にした侍女の肖像陶板を光にかざして、ウルスラは断言した。
「君が狙われた理由はこれか」
「えっ?」
マクシミリアンの発した言葉を反芻するうちに、ウルスラはようやく合点する。
「伯爵家の乗っ取りを企む連中からすれば、君の力は脅威に他ならない」
「そんな……」
冷えた空気がランタンの炎を揺らす中で、ウルスラは呆然と立ち尽くした。
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