049 黄金色の瞳を持つ少女
「お嬢ちゃん」
カンテラを掲げて、階段を一つ一つ降りてくる二人の人物。
彼らが牢獄の扉を通り過ぎるその前に声をかける。
「お嬢ちゃんが、ブランカってお姫様かな?」
彼女の名前は、ブランカ。意味は、
父親と同じ、黄金色の髪と同色の瞳を持つ少女はこちらへ振り向いた。
演出の関係上、牢獄の中の電灯は点けていない。そのことに驚く振りもなく、彼女は僕のいる辺りを見つめた。
そしてようやく、後ろの人影が目に映る。
溝色の瞳、伸ばしっぱなしで無造作に束ねられた髪。どこかで見覚えのあるような少年が、薄汚れた礼服を着て立っていた。見ているようで見ていない瞳は、僕の顔をしっかりと捉えている。
「そうです。貴方は?」
「何と呼ばれていたっけなあ……僕は。エリス、とか言ったっけ。よく覚えていないけど。そっちの兄ちゃんは?」
覚えていないわけがないんだけど、何となくお嬢ちゃんが嫌でぼやかした。
ブランカちゃん、か。高慢そうなお嬢ちゃんだな、確かに。
「僕はクルーセルだ」
「ふうん。ルーくんね。で、お嬢ちゃん。君、どうして僕に会いに来たの?」
クルーセル、なんて覚えづらいな、と思い名前を略してみた。呼ぶことはなかなかないだろうけれどな。
「わからないわ。父に会いに行けと言われただけだから」
「じゃあ、今考えなよ。僕はね、人が考えている姿を見るのが好きなのさ」
扉はガラス張り、僕の方から彼女は見えるけれど、向こうは見えないだろう。わざと見えないように皇子様に術を使ってもらっているから、見えようがない。
「多分だけど。わたしは、貴方と話すためにここに来たんじゃないかしら」
「そうかい。そう思うなら僕は、お嬢ちゃんと喋ろう」
それは僕が考えていたのと同じだよ、とは言わなかった。
「もし違う言葉を言っていたら、貴方は違うことをしていたの?」
「さあな。……お嬢ちゃん。お嬢ちゃんは、何のために生きている?」
「そんなの。考えたこともないわ」
「良かったな。幸せで」
言って見た。幸せだと言って、彼女がどう言うのか。どう思うのか。それが不思議で不思議で不思議だった。
「嘘だ。わたしは幸せなんかじゃ、」
言わせられなかった。思わず、殺したいと思う心が姿を出した。王女が怯えたのがわかった。
「我が儘言うんじゃあないよ。生きる意味を自分に問うたこともない娘が、幸せじゃないわけない。僕なんて、ずっと考えてきたよ。生きている意味をね」
幸せじゃないことを教えなくちゃいけないのに僕は、王女がいかにも幸せそうなことに気づかせる方法にでも誘導しているのかな、と思った。
まあ、皇子と皇帝には好きにやれと言われているからいいだろう。
「貴方は。何のために生きているって言うんですか」
「わからねえ」
「わからないと言うんですか。考え続けてきたのに」
「わからねえもんはわからねえよ。わかったら死のうと思ってたからな。だから、僕は死ねないんだよ。こんなに死にたいのになあ」
「どうして、死にたいんですか」
「だって僕、人を殺しちまったもん。殺した奴は、死ぬべきだろ」
殺す者は、殺される。
「罪状は、それですか」
「いや、ちげーよ? これはマイルール」
「じゃあ、貴方が牢にいるのは」
「まあ黙れよ、お嬢ちゃん。僕が訊く番だ。——お嬢ちゃん、生きてくるのは楽だったかい?」
「まあ、それなりには」
「だったら僕が予言しよう。お嬢ちゃんの人生はこっから先、ハードモードだ。何なら僕がハードモードにしてあげてもいい」
「そんなこと」
できるわけがない、そうお嬢ちゃんが思ったのがわかった。遮るようにして、僕の強さを証明する。
「できるぜ? この星の人間、全部殺しゃあいいんだろ? そんなの、僕にとっちゃ簡単なことだぜ」
「やればいいじゃないですか。できるなら」
「やだよ。やりたくないもんな」
何で僕がやりたくないことをやらなきゃいけない?
言った瞬間に後ろの少年が殺気を発した。本当に殺す気でいやがる。面白くなって笑いを漏らすと、ブランカは少し引いたようだった。
「何ですか、その我が儘は」
「我が儘なんかじゃあねえよ。生きてるだけだよ。はん、耳が痛いんじゃねえか? お嬢ちゃん。だって、生きてきただけだもんなあ。死にかけたことなんてないもんなあ。楽だったろ? 人生」
「……ええ。きっとわたしは、楽をして生きてきたんです」
「そうだなあ。でも、この先も楽とは限らねえぞ」
「帰って、いいですか? 貴方と話しても何も生まれないです」
何も生まれない、なんて断定された。悲しい気分だぜ。
「ああ、帰るのはもう少し待ってくれ、お嬢ちゃん。僕が言いたいのはな、つまり……耳の痛いことを言う人から逃げるのは簡単だけど、その後のことも簡単だとは限らないし、そもそも本当に逃げられているのかってことだよ。君は、目を逸らしているだけじゃないのかい?」
意地悪なことを言って見る。困惑した表情が面白くなって笑い声を漏らした。
「何なんですか、貴方は。わたしにそれを言って、何がしたいんですか?」
「目を逸らして、見えないふりをして。それで何か問題が起こって、そんな時お嬢ちゃんはどんな顔をするんだろうね?」
「わからないです」
少女は踵を返した。まだぎりぎり牢獄のドアが見える位置にいる。ろうそくの灯が心もとなく揺れる。少年はまだ僕を見据えている。
「もう行くのかい? だったら、教えておいてあげようか。僕の名前は、
そこで電気を点けた。
「また明日、お嬢ちゃん」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます