042 密航

 そうして明朝。かなり早い時間に支部を出たのだけれど、僕が時間を問わずふらふら出歩くのはよくあることなので、門衛は特に何も言わなかった。


「その一の関門突破、なんてね」


 次の関門は、言うまでもなくベリーズストームにたどり着くことだ。コリンには

「その点だけはどうしようもありません」

 とまで言われている。文句を言うなら地図を読めるようになれ、とも。


「まあ、一回来た道だからな。糸の張り具合くらいは覚えているさ」

 いつ頃だろう、張った糸をたどればいつかはたどり着くはずだ。


 それまでに奴が危機的な状況に陥らなければいいけれど。




 ベリーズストームに到着した。コリンの操る携帯とかいう装置で、自分と『ベリーズストーム』という標識を同じ画面に入れて見せてやりたい。


 そして、手始めに。


「こんにちは、警官さん。密航者がいますよ?」


 交番に駆け込んだ。


 もちろん無策でよくわからないままに駆け込んだわけじゃない。警官の動きにはどうしても時間がかかる。警官が部隊を組織して令状を受け取って密航社を告発するまでの間に、僕は一つ速い便に乗っておさらば、とまあそういうわけだ。

 ふん、我ながら完璧な計画だ。


「はア、そうですか」


 ん、案外薄い反応。


「じゃあ、そういうことでお願いします。——大騒ぎになっても知りませんよ」


 どうだい、見たか? 僕はなんと敬語が使えるのだ。


「はーい」


 やる気のなさそうな警官に見送られて交番を後にする。今ので相当怪しまれただろうから、早めに姿をくらませないと。



「☆☆☆」


 例の密航社のところまで来て、教えられた合言葉を囁く。

 前はこれで行けたぞ。


「承知しました」

 よし、行けた。

 あとは宇宙船ふねに乗るだけだ。


[もうすぐ離陸します……総員身の安全を確保]


 密航というシステムなので、シートベルトやら心地の良い座席とやらはもちろんない。各自、自己責任で自分の体を固定して怪我をしないように、指せないように計らうことが義務付けられている。

 まあ、ここまでくれば大丈夫だろう。もう幸谷ゆきやの奴らには邪魔のしようがないだろう——そう思って、僕が安心して宇宙船ふねの壁に体を固定したとき。

 破壊音が鳴り響いて、足音がこだました。


「皇都第十三隊航海法違反取締課、突入」


 あ、計算ミスった。

 警官の到達が思ったよりも数倍速いな。このままで船は出るか? いや、出てくれなければ困るわけだけれど。そうでもしないと僕は追われることがない。このまま支部に戻ってお終いだ。あくまで幸谷の〖いと〗が行方知れずになったという事実が必要なんだ。


「一働きするしかないのか……」


 恐怖心を植え付けるのは得策でも何でもないし、何なら一番避けたい方法だったわけだが。

 どうもそういうことを言っている場合ではなさそうだ。


「……船長、飛びますか」

 航海士らしい男が、制御モニターの前に腰かける男に問いかける。ほう、あいつがボスか?


「わからん。本部の指示を待っている。どうせ咎人どもの船だ、多少遅れたところで文句はない。飛ばなくなっても、な。そんなことより俺たちの身の上を心配しろ」

「俺、逮捕は嫌ですよ」

「皇国にいても、王国にいても、守備は同じだろ。一網打尽だぜ。早めに投降した方が処遇が優しくなるとは思わないか」

「じゃあ、船長」

「そこの罪人ゴミどもに告げろ。『この船は飛ばねえ、俺たちは自首するからお前らもそうしろ』ってな」


「そうなんてさせるわけがないだろ」


 この僕が乗っていたのが運の尽きだ、下郎クズども。


「おい、三等兵」


 多くの場合僕はノリで話をするので、同じテンションでない航海士に話が通じるのかはわからなかったが、奴にはどうやら伝わったらしい。


「お前は誰だ。何が望みだ」

「船を飛ばせ。僕は幸谷殺羅ゆきやさらだ。この船はお前一人で飛ばせるのか」


 眉にしわを寄せて、不審そうな顔をした若い航海士は口を開いた。


「ユキヤ……?」

「答えろ」

「飛ばないことはない」

「ああ、そう。——裁縫形態さいほうけいたい、第十二番。超絶死求ちょうぜつしもと恐悦至極きょうえつしごく


 左に向かって、元の場所に立ったまま針を投げた。


 ——カ


 椅子に座っていた男が崩れ落ちる。鼻の骨が硬い床にぶち当たって砕ける音がした。


「ひっ」

 航海士が怯えた声を上げた。丁度いい。


「お前もこうなりたくなかったらさっさと飛ばせ。もし罪になるのが嫌なら叫んでやれ。『殺人鬼の幸谷殺羅に脅された』とな。向こうは納得するぜ」


 納得する。そして、手を引く。

 僕が関われば、もう手が出せない、と手を引く。

 よほどのことがない限り。


「主力エンジン、右翼エンジン、左翼エンジン、オールグリーン。その他、よく知らん。離陸」


 投げやりな航海士の声がして、宇宙船ふねの巨体が大きく揺れた。

 なかなか面白いアトラクションだ。僕は遊園地になんぞ行ったことがないけれど。もし無事に会えたならコリンを誘ってみるのも面白い。

 しかしおんぼろな宇宙船ふねだなあ。王国に本当に着くのか?


[外にいる警察へ! これは航海士の意志ではない! ユキヤサラという奴に脅されたんだ! 繰り返す! 航海士は脅迫されている!]


 おや、ちょっと驚き。

 本気で叫びやがった。


♰♰♰リゼのノートより♰♰♰

・形態第十二番:超絶死求ちょうぜつしもと恐悦至極きょうえつしごく

 『想像もつかないほど強く、貴男の死を望んでいました。死んでくださりありがとう』 ある未亡人が、夫の棺に入れた手紙の一部分だ。ちなみに夫の死因はいまだ不明、僕が見るに同類の仕業だね。これが語源かな。嘘か本当かは知らないけれど。

 眉間に針を押し入れて相手を殺し、突然死に見せかける。針は動物の骨でできたものを使用し、火葬場にて燃やされることを想定している。いかにもバレそうだが、実際にバレたかは知らない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る