041 さよならの計画
結局、コリンが言った、
『僕と一緒に逃げてくれ』というのはあながち間違いではなかった。
ただ少し意味が違って、『僕と同時に逃げてくれ』そういうことだった。
コリンの『入社試験』前日。
彼がイリスへ発つ前日。
「師匠、さよならですね」
「お前は結局僕のことを師匠だとも何とも思っていなかったんだろうよ」
「いいえ、尊敬していましたよ」
これまでに繰り返してきた何遍もの問答のように、奴は詭弁と方便を使いまわして嘘をつき、戯言をちりばめて答えて見せた。
その答えが本心なのかなんてわからない。
「結局僕はお前のことなんてわからなかったよ」
「師匠が優しいってことは、わかりましたよ」
「お前が本当にその妹のことを好きなのかさえ、わからなかった」
「好きですよ。好きじゃなくて、何だって言うんです」
初めて出会った時のコリンと同じ——またリゼと出会った時の僕の歳と同じ、八歳になった妹は、兄の腕に抱かれている。
「クリスを守るために、僕はこうなったんです」
幸谷の少年兵の中で最強。ただしそれは称号に過ぎず、本来の強さを存分に発揮するとなれば、それを止めるには、斡旋社の社員が数人犠牲になるほどは覚悟しなければいけないだろう。
殺しのプロである奴らでも少し手こずって、ようやく抑えられるだろう。もしかしたら、逃がすかもしれない。
「お前一人なら行方をくらますのなんて簡単だろう」
「何が言いたいんです」
はっきり言って妹は足手まといだ。術者でもないから足跡やら何やらを消すこともできないし、どうやらからっきし殺しの才能がなかったらしい彼女は索敵すらできない。そんな人間一人を——重い肉塊を抱えていくことなど、合理的に考えればあり得ない。
「師匠。説明するまでもないのですが」
「わかってるよ」
そう、合理的に考えれば。
クリスは、コリンが合理的に考えないための具体的な手段。
合理的に考えてしまえば、もう人ではなくなり、一つの〖糸〗と化す。そんな事態を防ぐための、最後の砦。彼が人間でいるための最後の砦。
「師匠は、故国にお帰りになるんですか?」
「ああ。
「ありがとうございます。あなたが騒がせれば、僕ごとき霞んでしまいますね」
「どうだかな。追ってきた奴に言ってやろうか? 『僕の弟子が逃げた』と、そう」
「やめて下さい。僕は師匠殺しなんて嫌ですよ」
僕らの計画。
コリンが妹を安全なところへ連れて行くための計画。
「僕が明日、置手紙を残して空港へ行く。お前はそれを見つけた振りをして大騒ぎしろ。できるだけ騒がせやすいタイプの手紙にしておくから。それで大騒ぎして、おそらく支部は、VS僕の捕り物に夢中になる。その間に逃げるんだ。おそらくここに残るだろうトップには、『先んじて任務に取り掛かる』だとか何とか誤魔化しておけ。僕が後を引き受けてやる」
大規模な陽動。
同時にコリンについてもそうだ。
僕がこうまでしてコリンを守るために動けば、
それが思惑だ。
「願わくば、お前が有害認定されて、世間から遠ざけられればいいな。アンタッチャブルな存在になれれば儲けものだ。お前自体はわからないが、妹は確実に助かるぞ」
「素晴らしい作戦ですね。さすが師匠です」
仮面だけの賛辞も悪くない。
「明朝に」
「ええ、承知しました。さよなら、師匠」
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