037 幸谷囚士

 コリンが請けた依頼とやらは二つもあるらしい。道案内はしてくれるというので後ろからついていく。


「なあおい、お前がピンチになっても助けねーからな」


 背中を見下ろして注意する。

 やけに大人びた背筋が、マッシュの頭をこちらに回転させた。


「わかっていますよ。そもそも師匠はなんでついてきたんです?」


 大人みたいな喋り方をする子どもだ。

 正直言って気持ち悪い。


「そろそろつきますよ」

「ああそう。なぁコリン、訊きたいことがあるんだけど」

「なんですか?」


 今度は振り返らない。


「お前、どうしてここまで行き着いたんだ? 僕が親御さんを殺したところで、他にも親戚とかいたんじゃないのか?」

「師匠、勘違いしてますよ」

「何をだ?」

「僕は孤児になったからここに来たわけじゃありません。

「は? 誰にだよ」

「……僕らはあの後叔父夫妻に引き取られました。しかし、その叔父夫妻に借金取りのようなものが来ましてね。借金取りが『金は人間で払ってもいい』なんて言うもので、あいつら僕を売ったんです」


 少しためらった後、堰を切ったようにペラペラと喋り出すコリン。その口から流れ出すストーリィはかなり複雑で悲劇的だ。


 しかし――

 借金取り? 叔父夫妻が借金を?

 どうも気にかかる。


「まさかなあ。保険金目当てとかなのかぁ?」


 ミステリィは良く読んだ。殺し方の参考にするためだが。その中に良く登場する動機が『保険金』だった気がする。


「着きましたよ、師匠。危険はありませんので、お先に中へどうぞ」


 何を言っている?

 この中に殺すやつが居るんじゃあないのか?


「殺さないのか?」

「とにかく開けてください」


 鍵は開いているはずなんです、なんて僕にドアノブを握ることを迫る。

 仕方なく、手をかけた。



 紅。紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅。

 ドアを開けたその先には、見渡す限り一面の血の海が広がっていた。


「糸っていうのは便利ですね。細かな隙間からも入れて、近づく必要もなく殺せる。返り血を浴びて妹を心配させることもありませんし、ターゲットと接近しなければいけない危険もない。正に最高です」


 狂っている。

 僕はこんなことは教えていない。

 こいつは――コリンは、僕が思っているよりも相当狂人だ。

 こんなこと、並の人間にできやしない。

 それこそ、僕かリゼくらいでないと――


「どうですか? 師匠、僕を弟子にしてくれますか?」


 ドアの外から、安全地帯から僕に問いかける。

 わずか八歳の少年に。

 昨日僕が教えただけの凡才に。

 僕は今、怯えていた。


「コリン。お前なんでこんな事をした」

「師匠、僕に【糸】を教えないつもりだったでしょう」

「だからこんなパフォーマンスをしたのか」


 僕でもしないような大掛かりな仕掛けを打って。随分手間がいったろう。行く道でこいつがあまり喋らなかったのも、これが原因に違いない。


「ええ。それもありますが、まずはクリスですね。。ならば、大きな成果を上げておかないと始末が早まってしまいますから」


 クリス?

 今この少年は、自分の妹の名前を口に乗せたのか?


「ここがクリスの持ち場ってどういうことだ」

「そのままですよ。事の請負は禁止されていません」

「今までもそうしてきたのか」

「ええもちろん。あの子に手を汚させて良い訳がないでしょう」


 僕の心配は杞憂だった。

 この少年は、見た目よりもずっと外れている。


「お前さ、妹のために何ができる」

「妹に仇なす人間をすべて殺せます。たとえそれが自らの親だとしても」


 リゼのように、こいつと自分を重ねることはできない。それでも、僕はこの坊やに教えたいと思った。


「コリン。お前、今日から幸谷囚士ゆきやしゅうじと名乗れ」

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