第三部 冬

024 雪

 その日は、雪が降っていた。


 雪って言うのは、不思議なものだ。

 冷たくて白くて、人を遠ざける何かを持っている。それなのに、人に近づけば、その温かみで蕩けてしまう。


 手に結晶の粒を載せて、僕は息を吹いた。


「僕は、寒い日は嫌い」


 雪に足を埋めて立っている僕の上で、林立する木の枝に腰かけたリゼが呟いた。


「どうして?」

「僕が師匠に拾われたのも、こんな日だった」

 当たり前だけれど、リゼにも師匠がいたんだな。


 ふと、遠くの方で何かが動いた。


「リゼ——双糸そうし

「動いたね」

 目にはまだ見えない。糸が反応しただけ。



 僕らの今日の仕事は、雪谷さちやの若手、詩沖しおき三兄妹の始末。


 雪谷というのは、幸谷斡旋社ゆきやあっせんしゃに対立する勢力。規模は圧倒的に幸谷ゆきやの方が大きいけれど、武力は雪谷の方が大きいとも言われるくらいに強い集団だ。人呼んで、雪谷直情家さちやちょくじょうか


 幸谷が他人から依頼を受けて活動するのに対し、雪谷は自分たちの欲望に従ってのみ活動する。今回もその一端のはずだ。


 雪谷は、咲家研究室さきけけんきゅうしつを潰そうとしている。


 ——咲家研究室。


 人為的に、僕らのような人間を、生き物を。人を殺すことに罪悪感を抱かず、人を殺すことによってのみ快感を得、人を殺すことで生を得る、そんなを作り出すための研究を行っている組織。いつ、どこで発足したのかは神のみぞ知る。


「あそこ、実験成功したらしいよ」

「あそこって、研究室?」

「うん」


 わあなんと。

 聞くもおぞましい実験が成功してしまったらしい。


「今年で五つになるんだって」

「その段階で成功がわかるの?」

「生まれてから、誰も笑った顔を見たことがないらしいよ」

「ああ、そう」


 一人だけだろうか。

 しかし、成功してしまったのか。雪谷が壊したがるのもわかる。だって、人工的に、安定して人殺しが生産できるのなら、自分たちの存在価値なんてなくなるもの。


「で。今、僕ら何してるんだっけ」

「うーん。三兄妹の行動を阻止する必要はなさそうだから、出てきたところを様子見、かな」

「そうだった。ね、双糸。来てるんじゃない?」

 遠くの方に、反応が三つ。これは多分雪谷の詩沖だろう。


「でも、なんかもう一ついるよね」

 ふらふらよたよた、と頼りない動き。それでも、まっすぐにこっちにやって来る。


「会ってから考えよう。とりあえず、今は休憩」

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