011 スイッチが入る

 あちこちの店で物を買い集めて——その間ソードは喋らなかった。もしかしたら機嫌を損ねたのかもしれなかった——、さっきのところまで戻ってきた。


 ふと、ショーウィンドウを再び覗いてみる。

「?」

 誰もいなかった。どころか、椅子の角度も、窓から差し込む光の当たり具合も、何も変わっていないように見えた。時は随分経ったのに。

「ソード」

 さっきまで喋らなかった彼を振り向く。

「リゼはどこ?」

「店の中だと思うけど」


 もしかしたら口を利かないかもしれない、という危惧は杞憂のうちに終わった。こういうことを安堵と言うらしい。

「でも、中にはいないように見える」

「そりゃそうだろう」

「何故?」

「だって、それはそういう鏡だからな。いつでもどこでも、一定の景色を映し続ける、そういう装置だ」

「店の中が見えているのかと思っていた」

 違ったのか、と登っていた小さな段を降りる。

 ドアの方に近づいた。


 ——ッ!

 思わず後ろに跳ぶ。


「あれ? 居たの」

 何のことはない、ドアが開いただけだった。でも、思わず殺されるかと思った。

「買い物は終わらせておいた」

「わーっ! そりゃ嬉しいな」


 ドアから出てきたリゼは、数十分前とは見違えていた。

 髪を黒く染めて、黒に金色のつる草のような装飾がついた、体にぴったりと合うスーツを着ている。下には何の変哲もない黒のパンツを履いているが、首に巻いた紅いマフラーと、指にはめた、さっきの革の手袋が普通でない空気を醸し出している。


「久しぶりに見たな。リゼの、『仕事着』」

「しばらく依頼が来ていなかったからね」

「また始めるのか?」

「ううん」

「まさか——こいつに教えるのか」

 こいつ、と指で指された。

「さっきも言ったろ。エリーは僕の弟子だよ」

「戯言じゃなかったのか」

「残念でした。やっと、師匠との約束を果たせそうなんだ」

「リゼがそれで良いなら止めないけれど」

「もう決めたことだよ」

 ソードはまだ何か言いたげにしていたけれど、リゼが僕の手を取ったのを見て、何かを諦めたように顔を上に向けた。


「一度、俺の店に戻ろうか」

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