005 二人の家

 僕らが着いたのは、小さなアパートの一室だった。工房で貸し出されていた部屋よりも小さいけれど、居心地はずっと良かった。


「二人で暮らすには、少し狭いね」

 そのうち新しい家を借りようか、とリゼが言う。

「ねえ、まずどんなことから知りたい?」

「……この国って、どうなってるの?」

 僕がそう質問すると、リゼはひどく驚いたようだった。

「どうなってるの……って?」

「王様とか、王女様とか」

「ああ。この国にはね、皇帝がいるんだ」

 僕には、皇帝だとか王だとかの違いはよく分からなかった。けれど、偉いということは、リゼの口調から伝わってきた。

「まあ、僕らには関係ないけどね。そんな、皇帝様が国を治めてるのさ。で、この国にはもう一つ、大きなきまりがある。法律とか、そんなものじゃなくってさ。勿論、殺す奴らの話でもない。 ――エリー、魔法って使ったことある?」

「ない。僕が師匠の間をたらいまわしにされている間、周りがそれをやっていたらしいけど」

「なるほどね。 ――魔法がなくても、殺せはするんだ。でもさ、どうせなら、使えたほうがいいよね。いつか、君の適性を見に行こうか」

「適性?」

「うん。僕は、説明が下手だから、詳しいことはそこの人に聞くことにしようか。アポイントメントは取っておくよ。おなかが空いただろ? 僕はシチューを作るのが得意なんだ」

 シチューは別に好きじゃなかった。どうせならオムライスが良かったけれど、それもチキンライスがどうにも気にくわなかった。つまり僕に好きなものなんてなかったから、別に何も言わなかった。


「僕は料理をするね。エリーは、何をしていてもいいよ。うちから出なければ」

 一つ、頷くと、リゼは満足そうな顔をしてキッチンに立った。棚から何かを取り出す音がする。金属と金属がこすれる音をたてたので、鍋だったとわかった。


 窓の外を覗くと、僕と同じくらいの子供が外で遊んでいるのが見えた。叫び声をあげたりくるくる回ったりしながら、楽しそうに走り回っている。


「学校が終わったから、遊んでるんだよ」

 リゼがキッチンから言った。

「学校?」

「計算とか、読み書きを教えてくれるところ。行ってみたい?」

「別に」

「僕は嫌だな。ああ人がたくさんいると、知らないうちに何人か殺してしまいそうで」

 また、全身にぞわりと嫌な感触がした。リゼが『殺す』とか『死』とかって言葉を使うたびにこうだ。嫌んなる。


「でも、字は読めないと困るからね。僕がそのうち教えるよ。院では習った?」

「少しだけ。平字へいじだけ、だけど」

「じゃあ、常字じょうじ意字いじは知らないんだ」

「わからない」

「ふうん。足し算や引き算は?」

「掛け算までなら。割り算はよくわからない」

「そうなんだ」

 誰か大人が呼びに来て、子供たちはそれぞれの家に帰るみたいだった。つまらなくなったので、窓から離れる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る