バッテリーの約束
五十嵐
第1話 約束
彼は野球少年だった。
彼の名前は高田憲弘。建設作業員の父と専業主婦の母から生まれた一般的な男児だ。
彼の父は大の野球好きで、仕事から帰ってきては缶ビールを片手に野球中継を見るのが生きがいのような人だった。
小さい頃からその背中を見ながら育ってきたので、幼稚園の年長の頃には野球をやりたいと両親におねだりもしていた。
実際に野球を始めたのは小学一年生の頃だったが、よく父とキャッチボールや素振りをしていたためか、まわりの子達よりかは既に多少上手であった。
朝早く起きて練習し、平日は学校から帰っては練習する、休日は朝から晩までリトルリーグの
チームで練習する、そんな日々を送っていた。
毎日毎日野球漬け、そんな生活でも彼は苦にしなかった。ただ本当に野球が好きだったのだ。
そんな彼に親友と呼べる人がいた。園田紗香である。彼女とはリトルリーグのチームで出会った。彼女は高田が三年生の時にチームに入ってきた。元々チームに女の子は居なかったので、皆物珍しそうに彼女を見ていた。かく言う高田もすぐに辞めるだろうと、思っていた。
彼女は野球初心者で、最初は簡単なゴロすら取れなかったが、日を重ねていく内にどんどん上達していった。四年生になる頃には高田がピッチャー、園田がキャッチャーを守るようになっていた。
キャッチャーは数ある野球のポジションの中でも非常に難しいところで、女の子がやるのは珍しかったがそれだけ実力をつけていた。
バッテリーを組んだ後は、「よくコミュニケーションをとっておけ」との監督の指示もあり、よく話すようになった。
小学校は違う学校だったが、学校が終わり次第お互いの家の中間にある公園で練習した。
ある二人で自主練習している時に聞いてみた。
「園田ってさ、なんで野球始めたの?ほら、あんま女で野球やってるやついねーじゃん」
え?みたいな顔しながら
「そんなの決まってるじゃん!野球が好きだからだよ」
「それもそーだけどよ…」
そんなことはわかりきっていた。聞きたいのはそこじゃない。
「そうじゃなくてさ、なんで始めようと思ったの?」
受け取ったボールを投げ返しながら聞く。
「ああ、そういうことね!私ね、一昨年、お父さんに連れられて甲子園に高校野球を見に行っ
たの。」
「それで?」
「その時に見た光景が忘れられないの。私も、あの場所に立ってみたいと思ったの」
投げ返しながら答える。
「女は甲子園出れないんだぞ?」
「分からないじゃない、練習してたらもしかしたら出れるかもしれないじゃない」
彼女から返球されたボールは少し勢いが強かった気がした。
高田が五年生の夏、彼の所属するチームの六年生チームが全国大会に出場することが決まった。高田は五年生ながらも六年生チームの主力であった。
打っては四番バッターでヒットを量産し、投げてはチームの二番手として活躍した。全国大会では惜しくも三回戦でチームは負けてしまったが、活躍したこともあり、高田の名は全国に響いた。
高田が六年生になり、最後の大会が迫る六月のこと、悲劇が起こった。高田がケガをしたのである。彼は練習に精を出しており、疲れていたのだ。運悪く、階段で足を滑らせてしまい、転げ落ちてしまったのだ。全治三か月、右足の骨折だった…
夏の大会は絶望的だった。チームも奮闘したが、地区大会二回戦で姿を消したのだった。
「残念、だったね…」
「うん」
「私たちもすぐに負けちゃってごめん」
そう言う園田の目には涙が浮かんでいた。
「大事な時に階段からコケてケガした俺が悪い、なあに、もう野球ができないわけじゃない」
「そうだね…」
そう、もう野球ができなくなったわけではないのだ。中学に行けば部活動や、学外のリトルシニアリーグがある。たかが、小学生の大会にでられなかったからなんだというのだ。実際五年生の時の活躍が認められ、いくつかのリトルリーグからの誘いがあった。彼は決めかねていたのだ。
「なぁ、園田。お前は中学入ったらどうするんだ?野球は続けるのか?」
「わたしは中学校の部活でソフトボールをやろうかなって思ってる。女子野球部ないしね」
「そっか」
「高田はどうするの?」
「俺は近所のシニアにいくよ」
「大橋シニア?」
「そう、家からも近いし、練習時間も確保できるだろうから」
「そうなんだね、高田は上手いし、練習熱心だからすぐにレギュラーとれるよ。」
これからはお互い別の道に進む。だが、気がかりなことが一つ残っていた。彼女の夢。
彼女は甲子園に行くのが夢だった。しかし、甲子園には男子しか行けない。ある方法を除いては。
真剣な顔で彼女に向き直る。
「園田、俺は中学で結果を出して、強豪校に進学する。そして甲子園にでる。その時に一緒についてきてくれないか?」
「え?」
「女子はどう頑張ったって野球部員としては甲子園に行けない」
「うん…そうだね…」
「甲子園に行くためにずっと頑張ってきたお前に、言うのは違うかもしれないけど、野球部員として行くにはマネージャーしかない。お前が頑張ってたのは知ってるし、悩んでたのも知ってる。だけど、俺がお前の分までがんばるからさ、一緒に甲子園に行かないか?」
彼女は少し考えた後に、涙を流しながら、それでいて大きな笑顔で、
「うんっ!」
とだけ答えた。
そして高田は小学校を卒業し、中学校へ進学した。
しかし、同じ中学校に進学するはずだった、園田の姿はそこにはなかった。
父親の転勤、それも海外。三年間の海外赴任だった。
「三年だけ待っててね」
その言葉だけ残して行ってしまった。
物語は三年後に飛ぶ
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