追伸 ラプラスは無駄になった
カザリナの月
第1話 終焉に咲く桂冠
「ピアナジュ、今日はあなたに最後のお願いがあるの」
ソファーから身体を起こす事もなく力ない声で幾度ない御主人の最後のお願いにボクは呼びとめられた。
「どのような御用でしょうか、リロリアナ様」
今日の御主人はいつもより
「わたしはね。いつまでも終わらない、退屈で、孤独で、楽しくもない、お腹が空いただけでたくさんの毎日が、明日終わってしまえばどんなに良いかって、ずーーっと願ってきたの」
そう言って天井を見上げている御主人は、図らずとも自己嫌悪と自責の念が入り混じった怒りにも近い何かに少しだけ手が届きそうなところでまた諦めてしまっているいつもの光景でしかなかった。御主人のリロリアナ様がデザート付きのお食事を残すことは稀ではあるものの、生命としては十分に満たされている。そう、満たされていないのは生命ではなく『魂』という御主人たち人類が持つ虚構。
「リロリアナ様、明日は未だ来ないので終わることはありません」
「そうね、はじまってすらいない明日に期待した わたしが馬鹿だったの」
明日 、何かが起こることを期待しても何も変わらない日が訪れる。その日々を求めて人類がバイオロイドを増産し、今日ではバイオロイドがバイオロイドを造りだしてこの世界を支えているのだから当然の結果といっても差し支えない。
御主人にはそっぽを向く相手もいない、そうボクは残念なバイオロイドだ。
「だからね ピアナジュ。 わたしに代わってこの世界を旅してきて欲しいの」
「ボクがですか? 旅のお供ではなくて」
すべてをバイオロイドが代行してしまえば、お腹が空いただけでたくさんの毎日が明日も訪れることは事実。ここでボクがリロリアナ様を律さなければ、ただ水が降り注ぐのを待ちわびて何処にも行くことの出来ない植物になってしまいそうだ。
「リロリアナ様、ボクと今週の食材を受け取る旅に出るというのはどうでしょう」
「そんなの無理に決まってるわ。それに外には出るなって言ってたじゃない」
かつては大都市として栄えたここも今では保護区になって久しい。週に一度、遠く離れたプラントで作られた食材が配給される。ここには直ぐ近くを通る廃線を使って手漕ぎトロッコを使ってバイオロイドが訪れて、近くの《預かり場》に食材を渡す。この《預かり場》に食材を受け取りに行った際、生存状況の報告をすることで次週も食材が送られてくるといった原始的なシステムが構築されている。世界から資源が枯渇した時点から通信という手段は瞬く間に維持できなくなってしまい、今ではバイオロイド達が伝達し合って周知する事で環境形成をしている有様だ。しかしこれは植物元来の機能に他ならない。
バイオロイドとしての役目を終えて陽の当たる所に根を下ろすのは時間の問題。
「リロリアナ様、この辺りはもう住める環境ではありません」
「ほら、だから無理って言ったのよ」
「ここの半島にもリロリアナ様の他に2人生活をしていましたが……」
「先週、居なくなったて言ってたじゃない」
居なくなった1人はご高齢者であったためで、もう1人は他の保護区に移動をした。高齢者以外は同じ保護区に集めた方が管理がし易く生存率も上がるという事のようだがしかし、バイオロイドはあくまで主人に対して
「1人は北西の都市に移住したそうです」
「その話しは聞いたわ」
「リロリアナ様も人が生活している場所へ移住した方が何かと」
ここでリロリアナ様のお世話をしているバイオロイドはボクを含めて7体、移住に向けて前向きに考えてもらうことが先ず肝要。
「わたしはね、わたしの代わりに世界を旅して欲しいの、リロリアナとして」
「どういう事……、なのですか」
「ピアナジュ、あなた今からリロリアナとして世界を旅してくるのよ」
ボクは先月お亡くなりになったリロリアナ様の双子の弟 ————
そう、リロダリアのコピープレス体。謂わばオリジナルが存在する複写外観タイプのバイオロイド。共に生活する双子の一方を失う事で、もう一方の生命活動に影響を及ぼさない様にとの配慮からボクは造られ、随従者としてここに送られた。
ボクの未来は昨日で終わっていた。
つづく
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