第8話 折りたたみ傘はなかった

 その日から俺は、美優に勝手に同盟を結ばれた。こうして俺たちのオタク同盟が誕生した。もちろん他の人には同盟のことは秘密。二人だけの内緒って美優に可愛く言われたのが始まりだった。


「この服いいね」と言ったものの、値段が高くて買えない俺は諦めるしかなかった。着せ替えごっこを終え、そろそろ帰る時刻になった。遅くなると美優が一人で帰ることになるので、俺たちは解散することにした。


「そろそろ帰ろうか」

「うん。今日は楽しかったね」


 美優が振り返って見せた笑顔は何よりも眩しかった。


 デパートを出ると雨が降っていた。俺は折り畳み傘を広げ、美優を隣に入れた。濡れてしまうからな。美優は傘を持っていない様子だった。


 かなり近い距離だ……。いい匂いが鼻をくすぐり、心臓がドキドキと激しく鼓動する。側から見れば俺たちはカップルに見える?美優が嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。


 周りにはカップルが多いかもしれない。互いに恥ずかしさを感じて、一言も話さずに歩いた。駅に着くと、俺たちは別の方向に帰らないといけないので、俺は折り畳み傘を美優に渡した。


「傘ないだろ、使えよ」

「えっ?拓哉のじゃん」

「俺はもう一本持ってるからさ、大丈夫」


 電車のアナウンスが聞こえる。電車が来て、俺は美優を見送るためにドアの近くに行った。手を振ると、電車のドアが閉まる。その時、美優は何か言いたそうだったが、距離が遠くなっていく。


 やがて彼女が見えなくなると、俺は最寄りの駅に帰るための電車に乗った。スマホを取り出すと、美優からメールが来ていた。


 ー今日の私とのデートはお楽しみいただけたかなぁ?

 ーああ、すごく楽しかったよ。デートは初めてだったけど。

 ーならよかった。また明日ね。

 ーまた。明日。


 また明日と言ったのは昨日のこと。今日は月曜日、俺は学校を休んだ。理由は昨日美優に折りたたみ傘を渡したせいで、傘がなく雨に濡れて帰った結果、風邪を引いてしまったからだ。美優の前でカッコつけたかったのもあるかもしれない。


 今頃、美優は心配しているだろう。俺の家を知らないから大丈夫だと思っていた。しかし、突然インターホンが鳴り響いた。家には俺一人しかいないので、起きて出なければならないという気持ちとの戦いが始まった。居留守を使おうとしたが、インターフォンが連続で鳴り続け、仕方なく出ることにした。モニターを見ると見覚えのある姿があった。


「はい」


「あっ、こんにちは。同じ学園に通う田辺美優と申します。葛城拓哉くんのお見舞いに来ました」


「俺だけど」


 一瞬の間があったが、その後。


「なんだ、元気そうじゃん。やっぱり傘なんて持ってなかった強がっちゃってさ、それより早く玄関開けてよぉ」


「風邪うつすとやばいから帰れよ」


「大丈夫だよ、それくらい。ほら、人にうつすと治りが早くなるって言うじゃんか」


「ま、せっかく来てくれたんだし上がってけよ。今家誰もいないからさ。あと、マスクはしてくれ」


「りょうかい。なんかラブコメみたいだね。家に誰もいないなんてさ」


「わかったから、早く上がれ」


「はい、お邪魔しますぅ」

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