冬の訪い
篠川翠
第1話
大谷鳴海が米沢から戻って来たのは、雪も散らつき始めた頃だった。藩命を受けて仙台に様子を探りに行っていた中島長蔵(黄山)が、仙台や新政府軍の追求を躱し、庭坂に潜伏していた。そこには用達の梅原剛太左衛門がおり、帰順について相談。さらに同志や大隣寺の孝道和尚とも相談して、二本松藩の帰順が認められたという。
辛うじて長国公の助命は受け入れられ、藩士一同ほっとしたのも、確かだった。だが、母成峠で西軍と対峙し、最後まで西軍と対峙した鳴海は、米沢から帰ることをなかなか許されなかった。
二本松藩士は領内各地の寺院に分散して謹慎させられたが、母成峠で最後まで戦った丹羽丹波、大谷与兵衛、そして鳴海は大平村への謹慎が命じられた。
そしてどのようなわけか、鳴海は大平村の観世寺で与兵衛と共に謹慎することになった。もちろん、差料などは取り上げられている。
「御頭、大丈夫ですか?」
まだ十九の佐倉
鳴海は、少し怪訝な顔をした。
「何がだ」
「それは……」
少年は、ぎゅっと口を引き結んだ。
「……この度は、誠にご愁傷様です」
優しい少年だ。鳴海の妻だったりんは、鳴海より一足先に、米沢から帰藩していた。だが、生来体の弱かった妻は、鳴海がまだ米沢にいる十月十三日、この世を去っていた。鳴海との唯一人の子である長女のふさを残して。佐倉は、それを指したものだろう。また、鳴海の弟の衛守も、大壇口の戦いで木村道場の者らと戦っていたが破れ、少年たちを率いて大隣寺のところまで落ち延びた際に、銃弾に斃れた。
だが、此度の戦いで身内を亡くしたのは、何も鳴海だけではない。それを思うと、あからさまに妻や弟の死を嘆くことはできないのだった。
共に謹慎している与兵衛も、長男の志摩を失った。あの笑い上戸で気のいい若者だった志摩は、遊撃隊を率いて城下で奮戦。二本松藩の誇りを賭して最後まで戦ったのだった。
志摩もやはり娘しかいなかったため、次男の右門を改めて世子にすると、与兵衛は語っていた。
「気にしなくていい」
鳴海は佐倉に無理やり笑顔を見せた。かつては口下手だった鳴海だが、番頭の職についてから、目下の者の前ではできるだけ穏やかに接するように心がけている。
「お主がこれから心に掛けるべきは、公のご養子となられた長裕公のことだ。分かるな?」
「……はい」
佐倉は、顔を俯かせた。長裕公とは、世子のいなかった長国公の養子として、急遽米沢藩から迎え入れられた藩主の名である。父の早世に伴い帯刀少年は十四歳で家を継いだが、常州争乱の戦いで佐倉の父を死なせてしまったのは、与兵衛だった。だが、佐倉は恨み言一つ言わない。それがやりきれなかった。
失礼します、と言って佐倉は自室へ下がっていった。
「いい男だな」
鳴海は、ぽつりと呟いた。それを聞きつけた同室の与兵衛も、肯く。
「帯刀は、小野仁井町の戦いで西軍に囲まれながらも命を拾った。これから先、若殿の小姓となるに相応しい運の持ち主であろう」
父を死なせてしまい、また子を窮地に追いやったことについて、与兵衛なりに思うところがあるのだろう。
「もう、当面戦はあるまい。死ぬとしても、畳の上で死ぬことになる」
この数ヶ月で、鳴海は一気に老い込んだような気もする。
そこへ、西軍の見張り番が顔を覗かせた。
「大谷殿。客人だ」
「客人?」
二人は顔を見合わせた。謹慎中の身であるから、客人のあるはずがない。あるとすれば、二人の身内の者であろう。
「そもそもどちらの客人だ」
鳴海と与兵衛は顔を見合わせた。どちらも名字は、大谷である。
「知るか」
見張りは、つっけんどんに答えた。そこへ、案内もつけずにやってきたのは、見覚えのある顔だった。
「清介殿か」
穏やかな声で答えたのは与兵衛で、顔を背けたのは鳴海だ。安部井清介。歳にして鳴海と一つ違い。向こうは何とも思っていないようだが、鳴海はこの男が苦手だった。絵に描いた様な苦労人の権化。父親共々勤王思想の持ち主であり、また、小身の身を恥じていない。ひたすら公のために尽くすその姿はあまりにも優等生的で、六年前に思いがけず彦十郎家の嫡子の座についた鳴海は、何となく引け目を感じていたのだった。
「何をしに来た」
昔からの顔見知りであるし、佐倉は下がらせたため、見栄を張る必要もない。鳴海は、つい乱暴な物言いになった。
「仕事と言えば、仕事かな」
清介が涼しい顔をして答えた。この男は、先の戦いのときは家老の座についていた丹羽一学の命令に従って、白石に詰めていた。そして二本松の落城の知らせが届くと同時に、仙台に送られて監禁された。そのため、一連の戦いには参加していない。それが幸いして、清介は「特にお咎めなし」となったのだった。藩士のほとんどは戊辰の戦いに参戦していたため、西軍からすれば多くが「咎人」である。そのため、罪人扱いされていない者らは、これからの二本松の復興のために駆り出され、大忙しなのだった。
「鳴海殿」
与兵衛が視線を合わせようとしない鳴海を、傍らで窘めた。
清介は、軽く笑った。
「与兵衛様。鳴海殿の悪癖は今更でしょう」
嫌な奴だ。つい、鳴海は清介を睨みつけた。
「それに、それくらいの方が鳴海殿らしくてよい」
馬鹿にしているのか、慰めているのかよくわからない言いざまだった。
清介は、懐からあんぽ柿を出して、二人に勧めた。当地の冬の名物の一つで、子供の頃から親しんでいた味でもある。意地を張って受け取らぬつもりが、つい与兵衛の仕草につられ、気がついたときには一口二口齧っていた。それを見て、清介はふと笑みを口元に浮かべた。どうやら、五番隊と六番隊の面々を心配して、多忙の合間に様子を見に来てくれたようだった。その心遣いがわかれば、元は同じ藩の者である。素直に頭を下げる気にもなった。
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