エミリー・ヴァイゲルの楽しい軟禁生活

裄邑(ゆきお)ちゃん

1-1

 馬車の揺れが大きくなった。彼女は窓の外に目をやる。建物はほとんどなくなり、辺り一面に緑の平地が広がっている。のどかだ。しかしそれに心癒される余裕など今の彼女にはなかった。

「まさかこんなに遠いなんて」

 独り言も、馬車の音にかき消される。何せ鉄道も無いような場所なのだ。一体これからどんな生活が彼女を待っているのか、不安から思わずため息をついた。

 代り映えの無い景色を眺めながらどれほど時間が経っただろう。初めの方こそ憂鬱な気持ちで胸がいっぱいだったが、疲労感と退屈さには勝てない。景色なんてほどんど変わらない。緑の平地に、たまに木がぽつぽつと生えているだけだ。それにこの馬車には話し相手もいない。

「折角だし」と言って彼女は椅子に横になった。「私しかいないんだから、独り占めし放題ね」

 そこから眠りに落ちるまであっという間だった。気がつくと彼女は眠っていた。それはもうぐっすりと。自慢ではないが寝つきはいい方だった。

「到着しましたよ、大丈夫ですか?」と優しく肩を揺すられて目を覚ます。

「お加減はいかがですか? 具合の悪いところなどはありませんか?」

 声をかけたのは御者だった。彼の労わるような声に、彼女は見られないように慌ててよだれをぬぐった。

「ええ、大丈夫です。ありがとう」

「長旅でしたからね、さぞお疲れでしょう」

 御者に手を引かれて馬車を降りる。目の前にあるのはいたって簡素な、しかし軍事施設とひと目で分かる白い門だった。

「中へご案内いたします。その後はオンズ基地司令官の──」

「──ああ、ちょうど着いたところだったか」

 良く通る声が彼女めがけて飛んでくる。踵を高らかに鳴らし、厳つい男を伴って女は真っ直ぐに向かってくる。

「長旅ご苦労、エミリー。歓迎するよ」

 鋭くも愛情のこもった眼差しと共に女が手を差し伸べる。彼女──エミリー・ヴァイゲル──は複雑な気持ちでそれを受け入れた。

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