タネ明かし
リルウは時間をかけて呼吸を整えると、両手を膝に添えて、フェリとフロウガンのほうへ前かがみになった。
「ミリキアさぁ、『今日から4月だから、気合い入れてこ〜!』みたいなこと言ってたじゃん」
「……ああ。あそこまで露骨にハッスルされると、痛々しいもんだぜ」
フロウガンはマズい食べ物を吐き出すように息をついた。全力でダッシュした後の呼吸は生命の危機を感じさせるほど苦しかった。
彼はボサボサの髪をまるでシャワーでも浴びているかのようにメチャクチャにかき回した。それくらい、ミリキアの気合い120パーセントの態度が気に入らなかったということである。
「でさ、わたしとしては『今日から4月』ってところに着目してほしいわけよ」
「……『今日から4月』?」
フェリが腕を組んで、俯いた。先ほどまで走っていて乱れに乱れた呼吸を、ただ流れるままに感じた。少し経って落ち着いてきた頃、フェリはふと、頭に浮かんだ言葉を口にした。
「4月1日か?」
「そうそう!」リルウはフェリを指さして、ニコっと笑った。
「だからさあ、敢えて誘いに乗ったフリをして、かくれんぼをボイコットしてやったわけ」
「あのバカに、『4月バカ』ってか! あー、面白れぇ!」フロウガンは、思わず手を打ち鳴らした。
「……躍起になるのは、分からんでもない」
フェリは思った。いい歳をしてかくれんぼをしようと誘うのも子どもっぽいが、それを利用してドッキリを仕掛けてやろうという魂胆もまた、子どもっぽいのではないか。リルウとフロウガンは今、殴り合いの喧嘩をしようとしていたとは思えないほど、ワクワク感でいっぱいの笑顔を向け合っている。そんな2人に対して見下す心がなく、彼らと同じような表情を浮かべようとしている自分に気がつくと、なんだかホッとした。高校生というプライドは捨てて、ここにいないミリキアも含めた4人で一緒にいるということ。今はそれに尽きる、とフェリは静かな呼吸の中で悟った。
「どんな顔するんだろうな、あいつは」
「さあ、本気で泣くんじゃない? 『置いてけぼりにされたぁ~!』とか言って、涙目になって探しにくるかもよ」
リルウが言うと、フロウガンは大粒の涙を流しながら駆け込んでくるミリキアの様子を、目の大きさから腕や足を振る哀れな仕草まで、完全にマネしてみせた。これを見たリルウは「ハハハ、マジでやりそう、それ!」と気が狂ったように大きな声で笑い出した。フロウガンもそれに合わせて、意地悪く歯を見せて笑った。
フェリはこれを見た瞬間に、2人と心理的な距離をとろうと思った。
4人で一緒にいることの意味というのは、仲良くすることにある。「バカだから」とか「あんなことしそう」などとひどいマネをして蔑むことは、その輪を乱す恐れがある。ミリキアが本気で傷ついたら、いったい彼らはどう対処するつもりなのか。
フェリは、自分たちを友達の枠から外し、好意を一切消してしまったミリキアを想像してみた。無邪気な笑顔と、子どもっぽくて純粋な仕草がなくなり、自分たちと目が合っても「おはよー!」と言ってくれない。自分たちに興味関心がないのだから、声のトーンも低くなるし、今よりもおとなしくなるはずだ。遊びに誘っても断られるし、そもそも向こうから話しかけてくることさえないだろう。もはや、その人はミリキアとはいえないと思った。
そしてフェリは、このいやらしい2人が自分の友達であることを振り返った。そうである以上は、と意気込んで、着物の袖の中で組んでいた腕をサッと伸ばし、リルウの肩を揺さぶろうとした。
だが、時を同じくして、リルウのスマホに着信が入った。
「ハハ。ミリキア、電話かけてきたし」
リルウは呑気に足をパタつかせながら、着信音が延々と繰り返されるのをずっと聞いていた。やがて着信音がパッタリ止んでしまうと、意地悪な笑みをフロウガンと交わした。
「さすがに電話を無視するのは、マズいんじゃないか?」
フェリは目を見開いて、リルウの腕につかみかかろうとした。彼は、ミリキアを自分たちのもとへ引き留めなければ、激しく後悔することを自覚していた。まるっきり別人になった彼女の姿が脳内にはっきりと浮かび、それがさも本当に起こってしまったかのような錯覚に見舞われたのだ。
相変わらずいやらしい笑い方をする2人だったが、「まあ、それはそうかもね~」「今度かかってきたら、出てやろうぜ」と答えた。しかし、意地悪な目つきに変化はなく、フェリが案じているほど深刻に捉えている風には見えなかった。
フェリはため息をついて、いら立ちを抑えた。
しばらくして、リルウのもとにまた着信が来た。今度はバイブレーションが始まるのとほぼ同時に電話をとった。
「ミリキア、今日は――」
リルウがしゃべりだしたのとほぼ同時に、フロウガンがリルウのそばに寄った。フェリは1歩も動かず、ハラハラしながら通話の様子を見守った。
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