嘘つきかくれんぼ

盛 企

めんどくさがり

朝の11時半。

青葉台公園には高々と昇った太陽から柔らかな日差しが当たっている。緑色に染まった木々は風で優しく揺れている。コンクリートのタイルが敷き詰められた水場では子どもたちがしぶきをあげながらはしゃいでいて、その水の粒のひとつひとつから、小さな虹色の輝きが辺りに散らばっていく。春のうららかな空気が、街中に心地よい温もりをもたらしている。

灰色のタイルが敷かれた公園の入口に、高校生が4人集まっていた。

「今日から4月だから、気合い入れていこー!」

ミリキアが黄色いカチューシャを鉢巻みたいに締め直す仕草をし、天に向かって拳を突き上げた。しかし、目の前の友達3人には、どうも暖簾腕押しのようだった。「おー」と暗い声を返したかと思えば、拳は肩より上にはいかなかった。

だがミリキアはテンションを変えずに続けた。

「じゃあ、かくれんぼするぞー!」

これを聞いてしびれを切らしたのが、フロウガンである。髪は黒と白が汚らしく混ざってボサボサ、すす汚れが目立ってブカブカの学ランを着こみ、チンピラのようにポケットに手を突っ込んでいる。

「いい歳してやることじゃねえだろ、ガキじゃあるまいし……」

フロウガンはすぐに背を向けて、バイクの駐めてある沿道まで早歩きを始めた。

「待ちなよ! せっかくミリキアが誘ってくれたんだから!」

白いワンピースとピンク色の髪をひらひら揺らせながら、女友達のリルウが後を追った。フロウガンの肩をつかまえると、彼はゴミを除けるようにその手を振り払った。その態度が気に食わなかったリルウはカっとなって、彼のボサボサの髪を引っ張った。

「痛ってえな!!」

フロウガンも頭に血が上って、リルウに振り向いて拳を構えた。公園の入り口はあっという間にボクシングのリングと化した。

「ミリキアに付き合ってあげよう、って言ってんの!」

「こんな幼稚でくっだらねえことには付き合えねえってんだよ!」

「『幼稚でくっだらねえ』って簡単に言っちゃうアンタのほうがくだらないから!」

2人の言い合いは、試合前のマイクパフォーマンスを思わせた。いつゴングが鳴らされて、血まみれのバトルと化すのか分からない。ミリキアはすっかり目を見開いて、心臓が張り裂けそうなストレスでヒヤヒヤしながら突っ立っていた。

そこへフェリが割って入った。軽快に下駄を鳴らし、紺色の着物をまとって両手を広げて遮るその姿は、時代劇の用心棒を思わせた。

「今日俺たちは、遊びに来たんだ。ケンカをしに来たんじゃない」

フェリは鋭い目つきで、見えを切るように2人の顔をそれぞれ見つめた。2人はすっかり圧倒され、黙りこんで戦意を失くした。どうなることやら、と息を飲んでいたミリキアは、フェリの芸当を目の当たりにしたことで、もう一度息を飲むことになった。全身の血液の量が急に増減し、気絶しそうな気がした。

「俺は付き合うよ。なんて言ったって長い付き合いだしな」フェリは袖に手を入れて、うなずいた。

彼らは高校だけでなく、小学校、中学校も同じところに通った。ミリキアが無茶ぶりをすることも、フロウガンが喧嘩っ早くてリルウとすぐ衝突することも、その喧嘩を見ると萎縮してしまうミリキアのことも、フェリはよく分かっていた。

「ありがとう、フェリ君!」と明るい笑顔に戻った。

「さあ、フロウガン。3対1だよ」リルウが意地悪く笑った。しかし、フロウガンの表情は変わらず、嫌悪感たっぷりに腕組みをしている。

「別にお前ら3人でやってりゃあいいじゃねえか。俺は家に帰ってスマホゲーのガチャでも回すからよ」

リルウはフロウガンに1歩近寄り、耳元に口を当てた。そしてピンク色の髪を少しかきあげると、右の口角だけを上げて「かくれんぼをボイコットしたら、アンタが無許可でやってるバイク通学、学校にチクるからね」とささやいた。

「はあ!?」

フロウガンはやはり嫌そうな顔をしていたが、その目は明らかに泳いでいた。目の前のリルウを見たかと思えばミリキアとフェリのほうを向き、さらには関係のないジョギング中の男を見たり、空を飛ぶ飛行機を見たりと、彼の視神経は混乱に陥っていた。

「なんでかくれんぼごときで、そんな暴露をされなきゃならねえんだよ?」

そう問いかけるのが、精一杯だった。

「『ごとき』とか言うくらいちっちゃなことなら、付き合ってくれたっていいじゃん?」

「無理だ。だったら、スマホゲーのガチャが優先だ」

「……しょうもない」フェリがそばでつぶやくと、フロウガンは黙ったままフェリに振り返った。草食動物に狙いを定めた百獣の王のように、彼はゆっくりと近づいていく。その目は今にも噴き出しそうなほどに、血の色に染まっている。

「よくもバカにしやがったな……? この昼の時間帯限定の、レアキャラが大量発生するやつだぜ?」もはや、マフィアが抗争相手のこめかみに銃を突きつけているようだった。詰め寄られたフェリは微動だにせず、ただフロウガンの圧に押されている。ミリキアとリルウも雰囲気を読み、黙って見守っている。

ただ、フェリは表情までもが涼やかだった。「ゴッドファーザー」も「アウトレイジ」も彼の脳内には少しも浮かんでいないかった。

「……あの、水着の美少女ばっかり出る、萌え系バトルゲームか?」

フェリは、フロウガンが教室の隅でこっそりと楽しんでいた様子を何度も見かけていた。

「なっ……」

木々を揺らした風が収まり、外を走る車の音もしなくなった。

フロウガンは瞬く間に頬が真っ赤になり、それが目の周りや額にも及んで、大量の冷や汗を生み出した。しまいには、ボサボサの白い髪の毛まで赤く染まってしまった。

男の煩悩を見せつけられたミリキアとリルウも、すっかり立ち尽くした。表情は引きつり、体の重心は右足に預け、いつでも左足を動かして逃げ出せるような態勢をとっている。

「うわー……、そういう趣味だったんだ」リルウがまた意地悪な顔になったところで、

「分かった! 付き合ってやるよ、かくれんぼ!!」

とフロウガンは声を絞り出した。

全員の意見が一致したことで、ミリキアは「わーい! 決まりだね!」と両手を空いっぱいに広げ、子どものようにはしゃいだ。少し遠くのアスレチックで遊んでいた子どもたちがチラっと4人のほうを見たが、すぐにまた遊びだした。

「じゃああたしが鬼やるね~」

ミリキアははしゃぎながら、近くに植えてあったケヤキの木に走っていき、顔をうずめた。フロウガンの顔と髪の色が、元の肌色と汚い白に戻った。

「じゃあ、20まで数えるからねー。その間に隠れてよ?」

「オッケー」

リルウは返事をしたが、その瞬間にサッとフロウガンとフェリの手を握った。

「わたしについてきて」

男子2人は戸惑った。ミリキアはカウントダウンをする気満々であり、こちらの姿を確認できていない。それと関係があるのだろうか……と曖昧な想像をしたが、もちろんそれでスッキリするようなビジョンは描けず、混乱は深まるばかりだった。

そんな2人を連れて、リルウは全速力で公園の外へと駆け出していった。歩道に出ると、まるで陸上選手のように速く走った。手を繋がれたままの2人の男子は手首がちぎれそうな痛みに耐えながら、帰宅部の女子とは思えない彼女になんとか足並みをそろえた。2人ともサッカー部に所属していた過去があるが、何か特別なエネルギーでもなければ、ここまでのスピードは出ない。

そもそもリルウは、他人に何かを提案されるとすぐにNOと言うのが常だった。

「カラオケ、行こうぜ!」と誘えば「声、出したくない」と言うし、

「わくわくどーむのプール行かない?」と誘えば「プールは授業でやってるから充分」と言うし、

「映画でも見に行こうじゃないか」と誘うと「アンタたちの前で泣きたくない」と言う。

そんなリルウが、「4月になったんだし、かくれんぼしよう!」と誘ってきたミリキアに賛同し、断固拒否したフロウガンと一触即発となったのである。臨戦態勢をとったフロウガンも、2人を止めに入ったフェリも、すでにどことなく違和感を覚えていた。それがさらに肥大し、今、全力ダッシュをさせるに至ったのだ。だが、2人にできるのは、ただ豹変したリルウについていくことだけだった。

ミリキアの数える20秒が経過した頃、彼らは少し離れたコンビニにたどり着いていた。青葉台公園から歩くと、おそらく5分以上かかるはずだった。3人は息を切らしながら入り口の横のスペースに駆け込み、駐車スペースを仕切る丸いガードに腰を落ち着けた。

「疲れたぁ~……」

白いワンピースの裾やお尻を気にしながら座るリルウに、フェリが問いかけた。

「……何を企んでるんだ?」

リルウはハァハァ言いながら、右の口角を上げた。

「……カンが鋭いね。さすがはフェリ君だ」

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