第24話【悲報】カースヴェルト国の最期

「将軍、大変です!」


「何事だ?」


「実は……」


 かつてフレッツェン国で好き勝手実験を繰り返すも、凶暴化した獣人に追い払われてオズワルドは自領内で療養中であった。

 そこへ駆けつけた部下からの報を聞き、眉を顰める。


「汚染だと? どこでだ」


「ハッ、フレッツェンに程近い国境周辺の村で麦が不自然なほどに赤く染まり、家畜が血を吐いて倒れる事例がいくつも上がっております。中には首がどうと別れても動き出す個体もあるとかで」


 そこまで聞けば、汚染では済まされない。

 呪いの研究に精通しているカースヴェルトだからこそわかる状況。

 それは他国に対して行なっていた実験だ。

 

 なぜそれが自国に舞い込んだのか、一切わからない。

 呪術に対して高い適性を持つのはカースヴェルト以外にないと言って過言ではない。

 だからこそ解せぬのだ。

 呪術に耐性を持ち、扱いを誤らないからこそ自国内でミスなど犯さない。

 そのための訓練もしていたと言うのに。


 だからどのようにしてその汚染が自国内で発生したかの原因を調べ始めた。

 同僚の魔大将への通達。

 そしてカースヴェルトを束ねる太伯への申告。

 ハーミット男爵領への手当て。


 今回汚染騒ぎがあったのは死霊術師である男爵が収める領地内だった。

 カースヴェルトでは人を使わず死霊や死人を使って農作物を耕す風習がある。

 人的被害は0と言っていいが、家畜などの損害は莫大だ。

 

 担い手が人の身を捨てれぬ以上、食事をするのは最低限必要だ。

 疲れを知らぬアンデッドならではの作業効率は魅力的だが、どうしたって作り手が死んでいる手前、実際に食べる我々の好みの把握までできぬのである程度の限界はあった。


 しかし新しい農法で麦をいつも以上に効率的に生産できるようになったと自慢してきた男爵ハーミット男爵が可哀想でならない。

 普段は鼻持ちならない男だが、奴の作る麦はカースヴェルト内で高く評価される逸品。それが今回の汚染の憂き目に遭い、傷心していることだろう。


 顔を合わせれば喧嘩腰のオズワルドだが、今回ばかりはハーミットに肩入れしたくなるほどだった。


「失態ですね、オズワルド伯」


「顔を合わせるなり、随分な物言いだな、アンリエッタ卿。何か思うところがあるか?」


「いいえ、先日凶暴化した獣人に部下を打ち取られ、おめおめ帰ってきた負け犬の席がいつ開くか楽しみにしておりましたが、いつまでたっても開かぬものですから、こうして様子を見にきたわけです」


「鬱陶しいやつめ。じゃが、ワシの心配ばかりしてはおられん状況になってきておる。聞いておらぬか?」


「ええ、なんでも今年の麦は絶望的だとか」


「それだけではない。呪いがえしが起こりつつある」


「まさか、あり得ません。我ら以上に呪いに精通している国があると?」


「ないと言い切りたいが、実際に起こりつつある。ハーミット領は絶望的じゃ。次はお主の領地じゃな。対抗策などは強いておるか?」


「私を誰だと思っているんです? 畑作りに精を出していたハーミットと比べてもらっては困ります」


 アンリエッタは得意げに胸を張る。

 この女は何かにつけて豊かなバストを自慢してくる。

 異世界勇者であるオズワルドはそのことにいちいち癇癪をたてたものだ。


 オズワルドなんていかつい名前を持っていても、性別は女。

 発育途中で死霊術師になったものだから、もうこれ以上成長しない代わりに永遠の若さを手に入れた。

 肌のぴちぴちさ具合では誰にも負けないと思っているが、胸囲の格差社会でこうしてマウントを取ってくるこの女をオズワルドは嫌っていた。


 特にカースヴェルトは実力社会。

 成果こそが全てで、生まれは二の次。

 世襲制だからこそ、上が勝手に自滅する分には下にとってはチャンスだった。


 ただの失態であるならばオズワルドも賛同した。

 むしろ追い風となるように煽っただろう。

 が、現状は風向きが悪い。カースヴェルト側に吹き込んでいる状況だ。


「対抗策を聞こうか」


「特別に教えてあげましょう! 私の対策は──」


 得意満面に応えるアンリエッタ。

 

「そんなもの、すぐに突破されるぞ。部下の集めてきた情報じゃ、目を通してみよ」


 ばさり。オズワルドがまとめた書類をアンリエッタに手渡した。


「な! これは本当ですか? あり得ない!」


 汚染の発生源は、せめて腐敗毒程度だろうと高をくくったアンリエッタが青ざめる。


「発生源は呪毒Ⅲ。これはワシが扱う毒の中でも最上級じゃ。決して自国内では研究したいと思わん。これが自国に流れた。ワシの領地よりほど近いお主の量が真っ先に被害に遭う。だと言うのにワシの今後の心配をする余裕が其方にあるとは思えぬな」


「呪毒Ⅰでも厄介だと言うのにⅢですか?」


「しかも複合毒じゃ。それ以外も色々混ざっとる。本当に、何がどうなればこんな事態になるのかさっぱり見当もつかんわ」


 むしろ呪毒Ⅲがおまけみたいな厄介な毒ばかり。


 吐血Ⅴ。

 これは口にするだけで身体中の血管が破れ、口から血を吐くと言う特級の呪い。

 罹ればたちまちに絶命すること請け合いだ。


 次に魅了Ⅴ。

 一度それを目にしたら、口に含むか、一緒にいるよう気持ちが傾く。

 なんで吐血効果のあるものにこんなのが追加される?

 そこに呪毒Ⅲがつくか。世の中にはまだ見ぬ毒素があるのだなと感心するばかりだった。


 最後に隷属化Ⅳ。

 こんなもの、隷属国家ゼラチナスでさえ扱っておらんのではないか?

 むしろ真っ先に欲しがるだろう。

 いっそ使役可能になったらゼラチナスで実験するのも悪くないのかもしれん。


 使役化できればの話ではあるが。

 その前に何名の若き才能を費やすか。

 自分が命令権を得られてる立場で本当に良かった。

 オズワルドはうんうんと満足しながら、若き才能を持て余しているアンリエッタへと向き直る。


「ここで食い止めんと、汚染は規模を大きくして我々の居住区に向かうぞ? ここで食い止めねばならん!」


「そんなもの、言われなくともわかっています!」


 売り言葉に買い言葉。

 犬猿の仲の二人は、自国に忍び寄る魔の手を打ち払うべく調査に立ち向かった。




 ◇



「いやぁ、酷い目にあった」


「ほんとですよ」


 最上級の栗の味がするキノコを食してから一週間、僕は新たな毒物を発見し、追加で2回ほど死んでいた。

 

「今回はフレンダさんがいない時だったからどうなることかと思ったが、やるじゃないかミオ」


「もっと褒めてくれていいよ?」


「えらい! これでモンブランにまた一歩近づいたな!」


「早くね?」


 ミオと来たらまるで今すぐ作って見せろと言わんばかりの催促っぷりだ。


「近づいただけで完成までは遠い道のりなんだよなー」


「正直、俺たちだけじゃどうしようもなかったよな」


「うん。美桜ちゃんがここにきて役にたったよね」


 ダイゴとマサキが頷きあう。

 本当に。ミオの聖女としての力がここに来て発揮された感じだ。

 なんせ僕の状態異常をその場から駆逐していく神聖魔法を発することができるなんて思わなかった。


 と、いうか結界?

 ミオの張る結界は僕という人物を保護しながら、自身に耐性のある状態異常を吸収、それ以外をその場にとどめる効果があった。

 つまり僕が復活しさえすれば、その場で吸収できるので僕にとってありがたみしかない魔法だった。


「みんなしてひどくなーい? まるで普段あたしが役に立ってないみたいじゃん」


 ミオの返答に、僕らは何も言い返せなかった。

 つまりそれが答えである。


「ねー、何か言い返しなよ。本当に怒るよ?」


「悪い悪い。普段ミオのポップな絵に助けられてるよ。僕は字も汚いし絵心もないから、伝えるのが下手くそでね」


「でしょでしょ」


「美桜がいるから俺たちは明るく振る舞える」


「え、そう?」


「美桜ちゃんの底抜けの明るさに助けられてるのは確かにあるよね」


「ねぇ、それってあたしがバカだって言いたいの?」


「そんなこと言ってないさ。それよりも毒物の処理の画期的な方法が思いついたのは良いことだよ。これで僕は心置きなく死ねるようになった」


「アキトさんは死ぬのに躊躇しなさすぎ」


「いや、毒が強いほどうまいんだよ。今回入手した毒素も傀儡Ⅰ〜Ⅳ、自白Ⅳ〜Ⅴ、心臓麻痺Ⅰ〜Ⅲが手に入った。毒素が強いやつで即死系のやつほどめちゃウマでさ」


「こんなに嬉々として死因を語る人初めて見た」


「後にも先にもアキトさんぐらいしかいないぞ、きっと」


「それで、今回手に入れた味覚で、どんなのができるの?」


「そうだなー」


 僕は新たに手に入れたキノコ、山菜、芋、木の実を順に説明していく。


「まずはこいつ。このキノコは煮出すとめんつゆのような風味がする」


「うっそだー」


「まぁものは試しだ。僕のフレンドでしかこんな体験できないんだからな?」


「さっきの死に様見ちゃうと、ろくな死に方しないやつだもんね」


「どうせ死ぬならって一気に食べるのも初めて見たよ」


「残機があるから大丈夫!」


「それで残機全部減らした人が何か言ってら」


「ええい! 食の探求は先人の命を消費して今の我々が美味しくいただけるのだ。こんな異世界で現実的な味を求めて食べられるだけでもありがたく思え!」


「まぁそれは確かに」


「ヨシ、こんなもんか。風味が強いから薄めて調整して」


 キノコを入れて湯だった梅雨からキノコを排除。そこに水を入れて希釈して味見を繰り返す。

 そして程よいと思ったタイミングで味見してもらった。


「マジでめんつゆで草」


「あ、この味好きかも」


「キノコで出汁が取れるけどめんつゆ味は想像できなかったなー」


「うん、お吸い物くらいの味を想像してたのに、思ってた以上にめんつゆだったね。これで流しそうめんは完成か。まさかキャンプしに来た先でそうめんが食べれるようになるとは思わなかったな」


「そしてお次はこいつ、潤菜」


 山菜の一種で、水に浸けるとトロッとした食感を生み出すやつだ。


「これは何味なんですか?」


「聞いて驚け、コーヒーだ」


「なんて?」


「こいつを煎るとコーヒーになる。君たちはたんぽぽの根っこを炒ってコーヒーにするのをご存知ないかな? ノンカフェインのコーヒーとして有名になったあれだ」


「あたしコーヒー苦手」


「俺はカフェオレなら飲めるぜ?」


「僕はブラックいけるよ」


「お、仲間」


 この剣聖くんは僕と似たような一人称を喋るだけあって趣味が似ているね。

 握手しながら彼にだけ試飲会に誘った。

 他二人は半信半疑で、その試飲会を見守っている。


「あ、美味しい。想像以上にコーヒーだ」


「ほんのりモカ風味。ナッツのオイリーさとフルーツのようなフレーバーがあるよね」


「これは皆に勧めたくなりますね」


「だよねぇ、でも心臓麻痺するからお勧めしにくいんだ」


「えいえいんに僕たちだけの飲み物になりそうですね」


「まぁ、ケーキを作れるようになった、モカケーキでも作ってやろう。そういうのなら食べられるだろう?」


「アイスでもいいぞ」


「先にミルクからだなー」


「お肉はあるけど、ミルクって見ないよね」


「あるにはあるけど、現代日本ほど流通してなさそうなんだよな」


「やっぱり保存の関係でしょうか?」


「だろうね。チーズとかヨーグルト、バターなんかはフレッツェンでは見込めなさそう。他の文化的な街ならあるかもね」


「僕たちに友好的な種族だといいですね」


「フレンダさんからろくな国だって聞かされてないし、この話は無かったことにしようか」


「ですね」


「おーい!」


 遠くからフレンダさんが手を振っている。

 どうやらさっき僕が死んだ後始末のデバフを捨て終わったようだ。

 毎度頭が下がる思いである。


 捨てに行ってる時にもう一回死んだことを伝えたら、大目玉されるだろうな。


「随分とお早いお帰りで」


「面倒だから空中散布してきた」


「それでフレッツェンに流れてくるようなことになっても知りませんよ?」


「大丈夫だ。カースベルトの上空から真下に叩き込んだからな」


 酷いことをする。

 どれほど積年の恨みが溜まっていたのやら。


「それよりもいい匂いがするな。オレの分はあるか?」


「お口に合うかは分かりませんが」


 僕はコーヒーをプレゼンした。

 大人の苦味を初めて味わい、これは苦手だと舌をペッペと出していた。

 僕と味覚が似ているからと、なんでも一緒ではないようだ。




 ◇



「これはダメだ、感染が思ったよりも早い。国王に急ぎ伝達を」


「城に防護結界を張ってもらうのですね?」


「または、国を捨てる覚悟を決めねばなるまい」


 死の爪痕は、じわり、じわりとカースヴェルトを阻んでいく。

 男爵領が手遅れだと気付いたオズワルド達は、急ぎ嘔吐へと駆けつけた。


 しかし馬を駆り、駆けつけた二人が見た王都は男爵領以上に酷い有様だった。

 ここにいた将来有望な死霊術師は、全て生き絶え。

 腕を競い合った魔将軍の姿も見えなかった。


「これは不味くありませんか?」


 腰を抜かすアンリエッタに、オズワルドはどうしたものかと手を組んだ。

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