第22話【悲報】妄想と現実の狭間で足掻く

「もうやだ! こんな安月給で働けるか! あたしは出ていく!」


 そう言って、ミオが店番をボイコットした。


「追わなくていいんですか?」


 マサキがあまり心配してない顔で言う。


「追ってどうするのさ。彼女は僕の労働環境に対して不満を述べている。しかしだな、僕としてもこれ以上の待遇は高めようがない。そもそもの話だ。僕はこの国で重宝されてるが偉くもなんともないからな。力があるわけでもないし、誰かに命令できるわけでもない。この国で猫人として生きていくのを許可されただけでしかないんだよね。そんな僕がだよ? 彼女を説得できると思う?」


「うーん」


 わざとらしく唸って見せるマサキ。

 その表情から難しいことが伺える。

 実際にその通りだからな。


「むしろお前たちの方が適任だろ。幼馴染」


「うん、まぁそうなんだけどね」


「なんだよ、歯切れが悪いな」


「だって僕ら、この暮らしになんら不満ないから」


「あー……」


 マサキの言い分で納得した。

 単純に、相手の悩みがわからないのだ。

 何に対して不満を感じてるかわからないものだから、同情しようがないのだ。


「お給料、出した方がいいのかな?」


「出したところで美桜ちゃんの願いが叶うわけじゃないですからね」


「まぁなぁ」


 この異世界では、元の世界に比べて、あまりにも生活基盤が低いと言う問題がある。ゼラチナスはまだマシだったが、フレッツェンに至っては原始時代まで遡ったのか? ぐらいな生活基盤だ。

 男女による仕事の差ではなく、生まれによって生じた種族さで仕事が割り振られる。生まれながらにして戦士だと、プーネちゃんくらいの歳から戦士としての修行が始まる。


 強いか弱いか。それがここでの区別だった。


「気が済んだら帰ってくるだろ。僕はそれまでに彼女の好きなものでも作っておくさ」


「それでいいんですか?」


「彼女はまだ現実を知らないのさ。僕が教えを解いても、彼女はきっと耳を貸さないだろう。自分で気が付かないといけない。それが今だよ」


「少しスパルタすぎやしませんか?」


「そもそもだ。僕のゼラチナスでの待遇を聞いてどう思った?」


「なんか可哀想だなって」


「僕は今、彼女に同じような感情を抱いてる」


「つまり、ゼラチナスでの出来事の意趣返しですか?」


「そうとも言うが、そう言うわけでもない。僕は可能な限り彼女に譲歩した。そこから彼女は逃げたんだ。そもそも君らは僕にそういったことをしてないだろ? だから意趣返しじゃないよ」


 マサキは何も言い返さなかった。

 それを言われたら弱いと言う顔をした。


「美桜ちゃん、帰ってきますかね?」


「帰ってくるさ。彼女もバカじゃない。顔見知りができたとはいえ、彼女の顔は僕の店の中以外ではそう知られていない。僕だってそうさ、店を一歩出れば脆弱な猫人だよ。だから可能な限り一人にならない。この国はね、物騒なんだ。僕たちが創造する以上にね」


「なおさら一人にしておけないじゃないですか!」


 顔面蒼白になったマサキが店を出ていく。

 若いね。青春ってやつだ。


 すれ違うようにダイゴがやってきた。


「なんかさっきマサが出て行ったんだけど、どうしたの?」


「うん? 青春やってるんだよ。異世界で」


「なんじゃそりゃ」


「僕にもわからん。そういえばダイゴ、準備できたか?」


「ん? ああ、遠征のか? とりま簡易テントと折り畳み椅子、炭焼きの鉄板ぐらいは用意できたけど」


「上出来! それで少しはキャンプ飯のグレードが上がるな」


「おじさんがそこまで手入れしないといけないほどなの?」


「生肉を枝に吊るして、血抜き。それに胡椒をかけて食うのが一般の飯だ」


「うえっ」


「僕たちのような文化人がそんなご飯で満足できるわけないだろう?」


「確かにな」


「だから準備が可能なら、可能なだけしていく。どうせ向こうはカレーを食うだろうから、それに合わせるトッピングは必要不可欠だろ? ハンバーふとか、とんかつ、唐揚げとかあったらどうだ?」


「最高だな!」


 ダイゴは本当にわかりやすくていいな。


「今度の遠征では、新たな味覚の発見を目的としている。もしもそこで新たなデバフ、美味しい毒が手に入れば、コーラやコーヒーなんかも再現できるかもな」


「異世界でコーラが!?」


「再現だからあくまでよく似た味だ。まんまは無理だよ。僕もそろそろコーヒーが恋しい。ミオのためにモンブランも作りたいが、足りないものが何かと多い。しかし一つづつ積み重ねていけば、それは遠くない未来に再現可能となるだろう」


「アキトさんはそんな先まで考えてるのか、敵話ねぇや」


「僕だって、こんな世界で暮らしていくのは不便で仕方ないよ。けど、僕がそう思っても周りはそう思ってくれないけどね」


「なんの話だ?」


「さっきミオが店番をボイコットした。どうやら僕の労働環境に不服があるようだね」


「ああ、それでマサが出て行ったのか。あいつミオに片思いしてるから」


「そうなんだ?」


「そうそう。無意識に視線が向かっちゃってるんだよな。ミオはそう言う感じじゃないけど。俺も普段から気を遣ってるってわけよ」


「いいじゃん、青春」


「してる場合でもないけどな、こんな世界じゃ」


「まぁなぁ」


 異世界。

 元の世界に比べたらとんでもなく殺伐してて、剣と魔法が支配する世界。

 魔法だなんてものが飛び交うおかげで法律なんてまるで機能しちゃいない。

 強い奴が正義! 強い奴が法律!

 そんな世界に迷い込んだ僕らは、与えられた能力でもって生き残るしかない。


 強い奴はそれだけ世界から認められる。

 弱い僕らは、そんな世界で生きていかなくちゃいけないんだ。




 ◇




「全く、あのおじさんあたしの気持ち全然わかってくれないんだもん、参っちゃうわ」


「おねーたんは何がそんなに不服なの?」


 美桜はプチ家出先にベアードの邸宅にお邪魔していた。


「プーネちゃんは理解してくれると思ったのになー」


「おねーたんは優遇されてるよ? だからわかんないの」


「あたしのどこがぁ?」


「姉ちゃん、アキトの場所での暮らしの何が不満なんだ?」


 プーネに続いてベアードも乗っかってきた。

 室内にカレーの匂いが充満する。


 しかし明人の家で食べるカレーライスではなく、ここでのカレーは肉を漬け込んだものをそう呼称する。

 その肉はあまり火が入ってないように思えた。

 レアといえば聞こえはいいが、ほぼ生肉の様相だ。

 肉を生で食う生活をしてこなかったミオにとって、この食事は少し戸惑いを覚えた。


「うっ」


 胃液が喉をせり上がってくる感覚を口元で抑える。


「どうちたの、おねーたん?」


「今日はカレーだぞ? ご馳走だ」


「ミオさんはいつもカレーを食べられているんでしょ? 羨ましいわぁ。うちは特別な日だけしか食べられないの」


「わぁい! 今日はお肉が二つ入ってる!」


「プーネは今日密偵を二匹仕留めたからな。特別だぞ?」


「今度は三匹仕留めるよ!」


「ははは、その意気だ」


 一見して団欒家族。

 しかし話してる内容はだいぶ物騒だ。


 まるでスポーツで一等賞をとった子供を親が褒め称えるように、人殺しを正当化してる会話が流れた。

 動物の耳がついただけで普通の人間とそう変わらない。


 美桜はそう思いたかった。しかしそうではない。

 会話が通じても、死生感や食事体系がまるで異なる。


 食事は一口も喉を通らなかった。

 胸がいっぱいで、せっかくのおもてなしを無碍にしてしまったと言う罪悪感だけが募る。


 そこでとどめの一言がプーネから放たれた。


「そういえばおねーたん。なんでおねーたんは強者なのに弱者の側にいるの? 強者には強者の役割があるのに、ずっとそこが不思議だったんだよね」


「え、あたしは強者じゃなくて」


「強者だよ。生まれながら、ううん、後天的にでも強い力を得たら、その日から強者になるの。あたちは生まれた時から強者だから、弱者に恥じない振る舞いをちてる。でもおねーたんは強者なのに弱者の振る舞いをする。どうちて?」


「プーネ、それはフレッツェンの、我々熊人の理だ。外から来た、猫人に押し付けるものではない」


「なんで? ここはフレッツェンなのに? 猫人だけ許されるのはおかしいよ!」


 それは差別の瞳だった。

 ずっとずっと感じていた。周囲からの視線。

 その意味がようやく理解できた。


 自分一人だけ、生ぬるい環境にいる強者。

 強者に生まれた以上、強者以外の生き方を選べないフレッツェン人。


 自分がどう言う存在なのかを理解して、叫びながらベアードの家をでた。


 みんながみんな、自分をそういう目で見ているのだ。

 居た堪れなくなって、たまらなくなって、そこで将生と出会った。


「美桜ちゃん!」


「将生?」


「帰ろう」


「あたしに帰る場所なんて……」


「ある! 勝手に居場所をなくさなくていいんだ! おじさんは、アキトさんは美桜ちゃんを嫌ってないよ。帰ろう!」


「うん……」



 みんなが泣きじゃくる美桜を遠巻きに見ている。

 その瞳にどんな感情が込められているのか知るのが怖くて、マサキの背後に隠れた。


「なんか、こういうのって初めてだから緊張するな」


「えー?」


「昔は逆だったじゃない? 僕が泣いてて、美桜ちゃんが前に立ちはだかってくれてさ」


「そうだったっけ?」


「うん、だから。こうやってちょっとは男らしくなったかなって」


 美桜は黙りこくり、そして吹っ切れた口調で「ばーか」と言った。

 将生はらしくなかったかな? と思いつつもいつもの彼女が戻ってきたことを嬉しく思った。


 そして二人して帰宅すると、


「お、いいところに帰ってきたな。ちょっと手伝ってくれ。新作を作ったんだ」


 そこに並んだのはベアードの家で見たナニカではなく、お腹がなるほどの美味しそうなご飯だった。


「天ぷら?」


「ああ、食材は山菜に限られるが、せっかくだし今のうちに味見を兼ねてな」


「そうめんも作ったんだぜー!」


 明人に続き、大吾が大喜びで室内に設置した流しソーメンを回す。


「めんつゆは?」


「近しいものはあるが、味の追求がまだまだでなぁ」


 味は本当に微妙だった。

 そこで理解する、そうめんはつゆの味が全てであると。


 けどここにあるのは美桜が欲した、愛した食事だった。

 それが待ってるだけで出てくる環境。

 なんでそんな環境を手放せるというのか。


「じゃあ、あたしが協力するよ」


「なんだ、今日は随分と前向きじゃないか。いつもだったらこれはあたしに相応しくなーいだの言ってくるのに」


「あたしそんなこと言ってたっけ?」


 覚えはない。ただ、結構頻繁に不満を噴出している自覚はあった。

 ここでは冷遇されている。そう思い込んでいた。

 外の世界はもっと自由で、自分の望んだものが手に入ると思っていて。

 だから、不満を口にすればそれが通ると思っていて。


「めっちゃ言ってる」


 おじさんは笑って言った。

 普通であれば怒っても仕方ないほどの暴言なのに、いつも笑って許してくれる。

 その時になって美桜は、自分が勘違いをしていたのだと理解した。


「嘘だー」


 だから本音を隠していつも通りに振る舞う。


 そこには笑いがあった。

 殺伐とした団欒ではない。

 フレッツェンという異世界の国にありながら、ここでは日本の振る舞いが許された。




 ◇



 なんか知らんがミオは気分良さげに帰ってきた。

 少しだけ、丸くなって。

 これはマサキが何か青春っぽいことをしたな?


 僕は能天気にミオの歓迎会を行った。

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