ある日、ある時、ある場所で

颯龍

ある日、ある時、ある場所で

遥か高みから暖かくも真っ白な光が降り注ぐその場所で、彼は目を瞑ることなく真っ直ぐに頭上の光源を見据えた。

深緑の樹海を思わせる深緑色の髪と瞳を持つその青年は、清廉な浄化の光の柱のただ中にあって消えることなく自身の確固たる存在を主張する。

己の内に冥界の彼方から呼びかけるような、低く荘厳な声が響いた。

『資格ある者よ、何を望む』

男性的とも女性的とも言えない響きが直接脳を犯すような圧に耐え、眉間に皺を刻む。

「私は…世界の正しくあるべき姿を…世界の再生を望みます」

『…

「今再び、世界は綻びながら崩壊へと進んでいます。…ですが、其れは本来は起こり得ない事象でした。世界に循環する生命力を正しく理解せず、際限なく浪費する愚か者共の犯した過ちに起因するものです」

青年は一呼吸おいて言葉を紡いだ。

「また、過去において現在までに幾度も同じ過ちを犯しては修繕を乞い願い崩壊を防いできました。でも其れでは意味がありません。生命力の循環の意味するところを正しく理解していないのですから。今の世界を修繕し崩壊を防ぐだけでは意味が無いのです」

強い意志を宿した深緑の双眸を見開いて遥か高みの光を射抜かんとする。

『…続けよ』

高位の次元に坐すであろう存在に促され、青年は覚悟を改め高らかに宣言した。

「ですから私は世界の再生を望みます」

『ふ、ふふ。ははは……よくぞ、よくぞ

声はまるで老獪な紳士が朗らかに笑うように愉快に言葉を続けた。

『承認しよう。理を正しく理解せし資格者よ。其方こそが相応しい。、受け取れ』

「…え?」

響いた厳かな声の返答に対し、青年は明らかに狼狽する。彼は今まで伝え聞いていた内容とは異なる運びに驚き、思考回路を素早く巡らせていた。

彼が集めた知識では、世界が崩壊へ進み始めると、それに呼応するように、自分のような神に願いを伝える資格を有するものが出現すること。歴代の資格あるもの達は皆、世界の崩壊を防ぐ代償として生命を捧げたと言われている。

何故、命を捧げたと言われているのか。其れは、今、己が立っている正にこの場所に入ったものは皆等しく生還した試しがないからだった。

代わりにこの場所から暖かな光が世界中に四散して降り注ぎ、綻んだ世界は修繕される。それが集めた知識から導き出した答えだった。

だから自分はここで、世界の崩壊を防ぐ望みを申し伝える代償として、己の生命を差し出すものと覚悟していたのだ。

ただ歴代の資格者は世界の存続と崩壊を防ぐことを望んでいたようではあるが。自分はどうにもには納得が行かなかった。生命力の循環が正しく行われた居ない状態であるからだ。

では、どういう言葉なら納得できるのか。考えた末に導きだした言葉は、再生であればしっくりくる感じがした。だから、存続の代わりに再生を望むと伝えたに過ぎない。

『正しく世の理を理解せし継承者よ、精進せよ。世界は常に脆く移ろいやすい。汝、其の願いをもって遍くあれ』

自らの内側から熱く迸る生命の奔流のような力が次々に溢れ出し、瞬く間に世界を白く染め上げた。


「―――…っと、ラーダ、ラーダってば。起きなよ」

小鳥の囀りのような可愛らしい男の子の声に、深い眠りから意識が急浮上する。

どうやら、自身がその子の手によって大きく揺すられていることを感じて、伏せていた頭をやおらゆっくりと少しだけ起き上がらせた。

「…おや、マグラード。どうしましたか?」

「どうしましたか?じゃ、ないよ。仕事するのも良いけど、机に突っ伏するくらいならベッドで寝れば?」

白金色の艶やかな長髪を後ろで一つにまとめた、可愛らしい見た目の幼子が、その木漏れ日のような若葉色の橄欖石ペリドットの双眸で心配そうに覗き込んでくる。ついつい、そのふくよかなほっぺを指先でぷにぷにつつきたい衝動に駆られ起き掛けに実行してしまった。

「はは、心配かけちゃいましたね」

「ちょっと、何するのさっ」

「ん~、マグラードのほっぺはもちもちさんで触り心地抜群ですねぇ」

どうやら、自分は事務処理手続きの最中に眠りこけてしまったようだ。

最愛の息子―――とはいっても血は繋がっていないのだが―――に寝落ちした姿を見られた照れ隠し半分で、青年は座ったまま我が子を抱き寄せて膝の上にのせた。

そのまま抱きかかえるようにして、腕の中に収める。

「ラーダ?」

「ん?」

「どうしたの?何かよくない夢でも見た?」

「……大丈夫ですよ」

自分に抱き着いて離れない養父の深緑の樹海を思わせる深い緑の髪へ、マグラードは自身の紅葉のようなふくよかな手でぽんぽんとなだめる様にやさしく櫛づけてみた。

「やっぱり、ベッドで寝たら?疲れてんでしょ」

「………スゥー、ハァー、スゥー、ハァー」

「なんで吸うのっ?!!!」

青年の突然の奇行に慌てて離れようとするものの、悲しいかな幼子の力ではうんともすんとも言わず、そのままされるがままである。

暫く親子の他愛ない攻防は続いたが、養父は心晴れやかにスッキリした充足感たっぷりの顔立ちでいるのとは対照に、幼い息子は養父の膝の上でぐったりと項垂れていたのだった。



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