オムニバス

シンカー・ワン

文学少女は挫けない

 放課後の図書室。読み終えたばかりの本を閉じ、満足感に洩れる吐息。

 前屈みになり、縮こまっていた背をそらす。

 伸び上がる体の動きに、ふたつに分けたおさげ髪が揺れる。

 伸びをしたことで椅子が軋んだ音を立てた。

 思ったよりも大きく響いた軋み音に、慌てて回りへと目を配る。

 幸いと言うか、響いた音を気にした者はいないみたいだ。

 ホッと胸を撫で下ろす。赤いアンダーリムフレームのメガネ越しに映るのは、人気のほとんどない図書室。

 寂しいと思うのと同時に、溢れんばかりの本たちを独占できる喜びも湧く。

 いけないいけないと、浮かれた思いを首を振って打ち消す。

 本は読まれてこそ。

 読まれない本はどんな輝く宝が潜んでいようとも、インクの浸みた紙の束にしか過ぎない。

 だから、もっと大勢に読まれる方がいい。図書室に人が多く来ればいい。

 私の小さな独占欲より、その方がずっといい。

 ――とは言うものの、悲しいかな我が校生徒たちの図書室利用率はとても低い。試験期間でもテーブルが埋まることはない。

 蔵書の揃えが悪いとは思わない。稀少本などはないが、世間的に名作と呼ばれるものはだいたいがあるし、話題になった本もそこそこ置いてある。

 若い世代向けの軽めな物語たちもそれなりだ。

 高校生のそれほど多くない小遣いをやりくりすることなく、話題の本などが期限付きとはいえ無料で読める利便さを、もっと訴えるなりすればよいのに。

 ……図書委員でもない、ただの利用者のひとりな自分がなにを。

 人と接するのが怖くて、会話もままならず、口が利けない訳でもないのに筆談をするような自分が……。

 それでも、それでもと思ってしまう。

 私のことは別にして、本は読まれてほしい。

 読んでもらうために生まれた、知識と想像力の塊りを、多くの人が手に取って、込められている思いに触れてほしいと願う。

 本の良さを、それらが集まって自由に読める図書室の素晴らしさを、皆に知ってほしいと思う。

 ……なら、出来ることを、しよう。

 こんな私にだって、できることを。

 言葉に出せないのなら、言葉にすることはできる。

 あぁそうだ、いつものように書けばいい。

 当たり障りのない、気持ちのこもらない言葉ではなく、思いの丈がこもった言葉を、いっぱいに書こう。

 書いて、皆に伝えよう。

 つたなくったっていい、綺麗じゃなくたっていい、伝えたいことを私の言葉で、みんなに。

 図書室ここに来て、と。 図書室ここにはあると。

 皆に教えたいものが、皆に知ってほしいものが、たくさんたくさんあるのだと。

 席を立ち、手元の本を書架に戻し、私は図書室を後にする。 

 閉じてた扉に振り返り、意を決する。

 図書室ここに人を、本を読む人たちを呼ぼう。


 文学少女わたしの一歩はここから始まる。

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