クレナイ

@subaru_IR

第1話

屋敷を囲む苔むした石塀。城でしか見たことがない重厚な門。


いつ建てられたのか、奥へと、また横へと続いている広大な屋敷。



わたしは二流雑誌の記者で、上司の命令で取材に来ている。


今まで屋敷にたどり着けた者がいないからお前が行けと言われた。


どうせ、めんどくさい仕事を押し付けるために言った嘘に決まってる。

いつもそうだ。

儲けにならない上に面倒な仕事は全部わたしに回ってくる。


とはいえ、


ここにくるまで薄暗く深い森を抜けてきたが、


確かにちゃんとした道はなく、今思えば木々が自ら細い道を作ってくれたように思う。


抜けられたのは奇跡に近い。

そんな風に思えるほど長い森だった。




門にはもちろん、通用扉を抜けて玄関に立っても、呼び鈴さえない。

ということは、叫ぶしかないってことだ。


「ごめんください!」


パタパタと音がし、紬の着物を着た老婆が上品な身のこなしで迎えてくれる。


「よく迷わずたどり着けましたね」


柔らかい笑みを浮かべ、わたしの身分や正体も聞かない。

不思議なことに全て知っている素振りだ。

上司が連絡しているのか?

たまには気の利いたことをするもんだ。


「このお屋敷の主にお会いしたくてまいりました」


「ご案内致します。わたくしの後ろを離れないで着いていらしてくださいませ」


子供かと思うほど小さな老婆は、意外にも機敏な動きだ。


「はい……」


「あ。そうそう。このお屋敷には自我がありますのでご注意くださいませね」


「自我とは?」


聞いてはみたがそれきり返事はなく、黙って老婆について行くほかなかった。100年以上も経った大きな屋敷は、広い庭に面しており、周囲を囲む木々の緑が磨かれた廊下に映って美しい。


一見簡素に見える天井のランプシェードには細かな装飾が施されており、主の趣味の良さが伺えた。

それにしても庶民にとっては見たこともないものばかりで興味が尽きない。


廊下は屋敷の奥に入っていき、庭は見えなくなり薄暗くなる。何度も曲がる廊下を老婆は迷うことなく歩みを進める。こちらを1度も振り返らない上に滑るような速さで歩くので、着いていくのに必死だ。


一瞬、電球が瞬いた。

点滅ではなく、瞬いたのだ。


やがて……


「こちらが主の居室でございます」


いつの間にか両側を壁に挟まれた廊下の突き当りに立っていた。


目の前にある部屋のドアは大きく、黒い漆で塗られており、美しい螺鈿が謎の模様を描いていた。

この模様…どこかで見たことがある。


もしや、これは


「結界?」


呟いたわたしを老婆はすばやく横目で見た。

皺に埋もれた両目が薄く開かれ、ギラリと光る。

が、すぐに穏やかな目元に戻り


「どうぞ主様のご機嫌を損なわぬよう」


と言い残して静かに去っていった。



どうしたものか、と思案しながらドアに手をかけようとした、その瞬間


「触らないで」


と中から声がし、ドアが静かに開いた。


「入って」


おずおずと部屋に入ると、後ろで静かにドアが閉まる音がした。


20畳はあるだろう部屋の正面には、深紅のビロードの深い椅子に、女性が優雅に座っていた。


つややかに流れる黒髪にあでやかな振袖姿。


首にはチェーンを、帯には刀身の細い刀を下げて武装している。


その姿には凛々しい威厳がある。


彼女の後ろには丸い装飾窓があり、その横木には光る白い羽を持つ大きなフクロウが止まっている。


周囲には白い薄っぺらい鳥が20羽ほど飛んでいる。



そんな夢のような風景のなか、夢のように美しい姿の少女がわたしに言った。


「あなたバカなの?」


初対面の少女に突然罵倒され戸惑うわたし。


「結界だってわかったのに、ドアに触ろうとしたわね」


切れ長の瞳が蔑むようにこちらを見る。


「あ、それは結界かな?と思っただけで……」


あの小さなつぶやきがこの部屋に聞こえていたのか?


「でも 結界かもしれないと思ったのよね?」


「思いましたが、確信はなかったのです」


「思ったのは知ってることと同じなのよ」


無茶だが少女の口調は堂々としており、なぜか何も言えない。



「謝って。シロに」


「あの、シロとは?」


「わたしの後ろのフクロウよ」


「え、どうしてフクロウに……」


「シロがドアに結界を張ってくれてるからにきまってるでしょ?あなたって本当にバカね」


と大きくため息をつく。


つやつやとした小さな唇からもれるため息。


その姿も美しく、みとれてしまう。


が、フクロウに謝るなんてなんとも腑に落ちない。


ためらっていると


「早く。シロは気が短いのよ」


「え?」


「わたしも気が短いのよ?

あなたってバカだから、イライラしてきたわ」


と腰の刀に手をかける。


彼女から青白い炎のような殺気が沸き立つ。

わたしの命など虫けら以下だと思っている、躊躇のない殺意。


柄に手をかけると、僅かに刀身が見えた。

これほど光を放つ刀を見るのははじめてだ。

恐ろしく鍛錬された刀!


わたしの命を今にも吸い取りに来ようかという意志まで感じる。


この状況が切り抜けられるなら、わたしはなんでもしようと心に決めた。


「あ、ああ!!はい!大変申し訳ございませんでした!」


卑屈に平謝りをするわたし。


カッコ悪い……上司に怒られてもここまで謝ったことは無い。

まあ、うちの上司はな……上司もアレだから……って事なんか今はどうでもいい。

目の前の刀に命を持ってかれるのだけはごめんだ。


するとフクロウが女性の隣におりてきた。


2度ほど身体を震わせると、白い着物に銀糸で織られた長い外套を肩にかけた美青年に変身した。


「見た目はまあまあいいのに、おバカだね、きみは」


とくすくすと笑いはじめた。


「シロ、バカにバカって言わないのよ」


「だって」


「まあバカだけどね」


2人でくすくすと笑う。


美女と美青年に笑われる、見た目はまあまあのバカ男、それが今のわたしだ。


生涯でこんなに恥ずかしい思いをしたのは初めてだ。


さっきまで恐怖で震えていたわたしは、今、きっと耳まで真っ赤になっている。

羞恥心は恐怖心に打ち勝つのか?


こんな仕事引き受けるんじゃなかった。さっさと仕事を済ませて帰ろう。


「おふたりの笑顔を拝見できて光栄ですが、わたしは記者でして、この屋敷の主にお会いしたいのです」


シロが一瞬目を丸くして「やはりバカだ」


と笑い


「きみはもう会ってるのに」


そして真面目に


「この方がきみの会いたかったこの屋敷の主だよ 」


と女性を見る。



「そう。わたしがこの屋敷の主」


と自虐的な笑いを浮かべ


「クレナイよ」


伏せていた目をあげ、真っ直ぐにわたしを見た。


それはガーネットのように深く輝く赤い瞳だった。



「そして」


と続けた。


「怪異と人の子とも言われているわ」


長いまつ毛が瞳の光を反射して赤く染まった。

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