第2話

 うっすらと目を開ける。小さなシャンデリアがここは以前とは違う場所だと主張するかのように煌めいている。できる限り現実を飲み込むかのように、ゆっくりと瞬きをする。その煌めきに気を取られているとギシッとベッドが軋む音がする。驚いて見ると亜麻色の髪に、同色の瞳を持つにこやかな青年がこちらを見下ろしている。

「やぁ、目を覚ましたかい?おはよう。というかこんにちは、かな?僕は父上から君の教育係になるよう仰せつかったクリスだよ。教育係と言ってもそんな堅苦しいものではないからね。」


 どうやらしばらくの間気絶していたらしい。重い体を起こしながら記憶を遡る。

 確か彼は『召喚の儀』とやらの時、国王の横にいた青年達の中のひとりだ。随分と口忠実くちまめな王子だなと思いながら、その軽さに安心感すら覚える。


「そしてこっちが君の護衛をする第一騎士団団長のアルベルトだよ。僕たちは、『お世話をするのは歳が近い方がいいだろう。』っていうお父様からの計らいで決まったんだ。よろしくね!」

 クリスが示した方を見る。ブルーブラックの癖のない髪を後ろで一つにまとめている。そして瞑色めいしょくの瞳を持つ青年だ。眉目秀麗という言葉がぴったりだと思った。

 アルベルトと言われる青年は表情を変えず目礼する。それだけでも様になる。なんとなく目が離せず、しばらく見交わしているとクリスが視界に入り込んできた。

「ふふっ。近くで見ると吸い込まそうな綺麗な瞳だ。」

俺の目を覗き込み、髪に指を通す。

「この国では黒髪黒瞳は珍しいよ。」

 不思議と嫌な感じはしない。髪を他人に触られたのは何年ぶりだろうか。


「突然違う世界に連れてこられて困惑しているかもしれないが、僕たちがそばにいるからどうか気を病まないでくれよ。」

 そこでハッとする。そうだいきなり転生だなんて信じられない。聞きたいことがたくさんあるんだ。

「俺は一体なぜここに連れてこられたんですか?国王が言ってた能力って言うのはなんなんですか?あと俺は・・・」

元の世界に帰れるんですか??


 そう聞こうと思った。たが、変えられない過去という現実思い出す。帰ったところでなんだと言うんだ。密かに思いを寄せていた人は他の人と結婚する世界だ。帰ったところで俺には何にもない。それならば甘んじて運命を受け入れよう。そして、この世界で生き直すのも良いかもしれない。

「まぁまぁ順を追って説明するよ。」

 そしてクリスがこの国のこと、神子の伝承について話し出す。

 五百年前にも国家間の対立がありその最中、召喚の儀を成功させた。転生者は予言の力を持ち、隣国グレイ大国の襲撃を予言し返り討ちにした。という伝承が残っている。五百年も前のことで詳細は残っていない。

 その後も神子を召喚しようと幾度となく試みたがいずれも失敗に終わり、もはや物語の中の話だったという。


 転生魔法の成功は二度目ということもあり、分からないことが多いようだ。俺の能力も分からないらしい。しかし、能力がわからなくても転生が成功したこと自体に意味があるそうだ。転生魔法の成功が、魔法技術の高さを他国へ知らしめることになり、戦争の抑止力となる。だから、焦らずじっくりとこの国を好きになってほしいと。


「ざっとこんな感じだけど、分からない事はその都度答えるよ。僕はこれから執務があるんだ。今はゆっくり休んで、また今度お茶でも飲みながら話そう!ナオトのことを教えてほしい。」

「わかりました。ご説明ありがとうございます。」

 俺がそう言うと、クリスは微笑みながら再度俺の髪に触れる。

「いいなぁ、アルベルトはナオトと一緒にいれて。」

頬を膨らませ子供のようにいじけている。

「うるさい。さっさと仕事に戻れ。」

アルベルトはクリスを一蹴する。

 その後、クリスは、ヒラヒラと手を振って部屋を出て行ってしまった。なんだか憎めなくて、俺も手を振り返した。クリスと、アルベルトは仲がいいのかな?


室内に残ったのは俺と・・・

「アルベルトさん?」

 アルベルトは、恭しく片膝をつき直人を見つめる。

「呼び捨てで構いません。国王陛下より神子様の護衛を仰せつかっています。身の回りの世話も兼ねているので、何かあれば遠慮せずに言って頂きたい。」

「わかった。じゃあ俺のことも呼び捨てで良いし、敬語もいらないよ。身近にいる人とは仲良くしたいんだ。」

そう言うとアルベルトは少し悩んで、頷いた。

「ではこれからよろしく。」

とアルベルトはゆっくりと立ち上がり、直人に手を差し伸べた。

「こちらこそよろしく。」


 直人はアルベルトの手と取り、握手を交わす。見上げたら、彼の表情があまりにも優しかったため、思わず顔を伏せてしまった。

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