100万円

キザなRye

100万円

 「100万円は体育祭や文化祭といった行事を豪華にするために使います」

「和式トイレを洋式トイレにするなどの校舎の改修に100万円を使おうと思っています」

「図書館の本をアップデートするために100万円を使います」

今年度の浅飛あさひ高校の生徒会長選挙は100万円の使い方が焦点になっていた。





 2024年7月、新たな東京都知事が誕生した。新都知事となった彼は教育に対する投資を選挙戦で訴え、当選を果たした。他の主要候補者と比べて年が10以上も若かったことは有権者が投票先を選ぶ上で大きな武器になっていた。

 知事就任後、1ヶ月も経たないうちに教育に対する投資として都立高校すべてに1校あたり100万円を渡すという補正予算案を議会に提出した。最初は議会から猛反発を喰らい、廃案になりそうだったが、知事と議員が議場でのやり取りを重ねることによって議会からの承認を得られ、夏休み明けには各都立高校に通知が渡った。この通知には100万円は生徒たち自身が使い道を決め、学校側はこれをサポートすることが明記されていた。

 都立浅飛高校は都からの通知に示されていた通りに100万円を使う方法として12月頭に行われる今年度の生徒会長選挙の“公約”に用途を盛り込むこととした。

 生徒会長選挙に出馬したのはいずれも2年生馬場琉生ばばるい北田明海きただあけみ鈴木俊三すずきとしみつの3人だった。100万円の使い道については馬場は行事を豪華にする、北田は校舎の改修、鈴木は図書室の本のアップデートとしていた。どの候補者の生徒も投票をする生徒に支持を得やすいお金の使い道だった。行事については現状の浅飛高校ではあまり予算が割かれておらず、校舎の改修については未だに和式トイレがいくつもあるなど快適な校舎とは言えず、図書室の本については紙が黄ばんでいるような古い本が多いなど要改善である。

 新都知事は若い世代の政治への関心を高めることを政治信条としており、生徒会長選挙の際には実際の選挙のようにすることを都として推奨しているので浅飛高校は区の選挙管理委員会から実際に使用されている投票箱を借りるなど本格的な選挙を行うことにした。学校の至る所に選挙ポスターを掲示し、選挙公報を作成して全生徒に配布するなど一般的な選挙とはほとんど変わらないやり方をしていた。

 およそ1週間の選挙期間を経て投票日を迎えた。投票をする前に生徒総会が行われ、各候補者が演説する機会を設けられた。

「まずは馬場琉生さん、お願いします」

「生徒会長に立候補した2年C組の馬場琉生です。僕が生徒会長になったら今まで以上に行事に力を入れます。これまでの浅飛高校の行事は質素で簡素なもので力があまり入っていなかったように思います。学校生活を楽しいものにするためには行事をより良いものにすることが必要だと僕は思います。なので都から戴いた100万円は体育祭や文化祭といった行事を豪華にするために使います」

「ありがとうございました。次に北田明美さん、お願いします」

「生徒会長に立候補しました2年A組の北田明美です。私が生徒会長に立候補した理由は普段の学校生活をより良くするためです。浅飛高校は歴史が深い高校ですが、その分校舎が古くなっています。特に3棟は古く、未だにトイレが和式です。今の校舎では快適な生活を送ることができません。私は和式トイレを洋式トイレにするなどの校舎の改修に100万円を使おうと思っています」

「ありがとうございました。最後に鈴木俊三さん、お願いします」

「生徒会長選挙に立候補した2年E組の鈴木俊三です。私が生徒会長になった暁には学校にある本を綺麗に一新します。今の学校の蔵書は昭和20年~30年代に購入されたものが多く、黄ばんでいたり一部破れていたりと使いにくいものが多いです。また情報のアップデートがなされておらず、得られる情報が古くなってしまいます。ゆえに私は図書館の本をアップデートするために100万円を使います」

各候補者の主張は100万円の使い道に着地していた。候補者の演説を聞く生徒たちは今まで浅飛高校で行われた生徒会長選挙の演説と比べて格段に話を聞いていた。演説の内容が自分のことだと思えたからだろう。

 生徒総会の終了後、各クラスに生徒たちは戻り、空っぽになった体育館に投票記載台や投票箱が設置された。クラスごとに順番に生徒たちが体育館に来てそれぞれ投票を行った。3学年すべてのクラスが投票を終えると選挙管理委員会によって開票された。

 開票作業を行っていってもすぐには情勢全体を把握することはできなかった。鈴木の票は他の2人に比べると少ないことは早い段階でおおよそ分かったが、馬場、北田の2人のうちどちらが優勢かは簡単には分からなかった。

 1時間以上の時間を要した開票作業により馬場41%北田39%鈴木20%の得票率で生徒会長に馬場が選ばれたことが確定した。当選者は放送によって即時伝えられ、得票率は投票日の翌日に各クラスに掲示された。

 1月に生徒会長に就任した馬場は“公約”として示していた100万円を行事を豪華にするために使うことを正式に決定した。どのように使うかの詳細については生徒会、教師陣が綿密に話し合いをした上で決めることとなった。

 その後行われた浅飛高校の体育祭や文化祭は生徒からも教師からも大好評で中学生たちからの入学希望が増えることとなり、継続的にかつてよりも豪華な行事が行われることとなった。さらに生徒会長選挙をきっかけに学校は校舎の改修の予算を都から取り付け、より過ごしやすい学校生活の環境整備に取り掛かることとなった。

 浅飛高校の事例は都知事の耳に入り、模範的な例として各都立高校に周知されることとなった。来年度もまた盛り上がって欲しいと思う知事なのであった。

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