第7話
シズクの机は月の出る夜は魔法で照らさなくてもいいように夜空の見える大きな窓の前に置かれている。
その日も月の明るい夜だった。父親に渡された医学についての本を読み勉強をしていた。外は雪が降っていて、時々月の光を遮り本のページに黒い影を幾つも落とした。
すると、突然外からの光が遮断された。驚いて顔を上げると、窓の外にアベルが立っていた。
驚いた顔をしているシズクを見て、嘲るように笑うと窓を開けるように合図した。
ハッとしたシズクが急いで窓を開け、アベルを部屋の中に招き入れた。
「はぁー寒かった。お前を驚かせると面白い顔するよな」
部屋にある暖炉に近づき、髪や服についた雪を犬のように振り払った。
「部屋に外側から鍵が掛けられていること、よく知ってましたね?」
「そんなの知らねぇよ。バレないように来いって言ったろ?夜でも屋敷ん中は警備の人間がいるからな。じゃあ後は屋根歩いて来るっきゃねぇだろ」
なにか言い返そうとしたシズクだったが、他に良い案が思いつかずため息をついて頷いた。
そして、椅子をもう1つ持ってきて机の前に置いて、アベルに座らせた。
「読み書きや計算をと仰られていましたが、具体的にはどのような事をお教えすればいいのでしょうか?」
「下位身分のやつらがわかってる位の字の読み書きと、金の計算を知りてぇ」
アベルの言葉を聞いたシズクは、大きな本棚から数冊本を取り出し机に置いた。語学についての本と経済学についての本。
「この本が僕が読んだ中で1番優しい本です」
アベルは手に取りパラパラめくるが、理解できないと言うように途中で読むのを辞めて閉じてしまった。
「わかんねぇ」
「それ以上の本は昔に燃やしてしまいました」
そこまで言ってシズクは、自分の言葉に疑問を持った。本好きな自分が読まなくなったとはいえ、なぜ本を燃やしてしまったのか思い出せなかったからだ。
だがその疑問はアベルの声にかき消された。
「本はいらねぇ。お前が直接書いて教えてくれ」
「僕がですか?人にものを教えた経験などないので、アベルさんのご期待に添えるかわかりません……」
そう言って目を逸らし申し訳なさそうにするシズクに、アベルはイラついたような口調で言い返した。
「やったことねぇことも知らねぇこともオレの方が多いだろ。オレなんかよりよっぽど知識を持ってるんだ、自信もって教えてくれよ」
口調は荒く、怒っているように聞こえる話し方もシズクには励ましてくれているように聞こえた。
こちらの様子を伺うようにジッと見つめるアベルに、今度はしっかり目を合わせて言った。
「わかりました。わかりやすくお教えできるように尽力いたします」
自分に出来る事をしようと決め、ペンを持った。
1人で勉強する時とは違った、不思議な感覚がする。
「あとその商人みたいな喋り方もやめてくれ。たまに何言ってんのかわかんねぇ」
「敬語以外は使わないので……。喋り方がわかりません」
「じゃあそれはオレが教えてやるよ」
「いらない知識な気がしますが」
いつの間にか雪はやんでいた。雪に遮断されることなく月明かりに照らされた机の上には、規則正しくならんだ美しい文字と、乱雑に書かれた文字のようなものが書かれた紙が幾つも広げられていた。
乱雑に書かれた文字のようなものは日に日に文字へと近づいていった。
半年が経つ頃には、文字から文章の練習へと変わっていき、1年経つ頃には正しい文法で書かれた文章へと変貌していった。
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